21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)報告書

たばこ対策分科会報告

.はじめに

 たばこは、肺がんをはじめとして喉頭がん、口腔・咽頭がん、食道がん、胃がん、膀胱がん、腎盂・尿管がん、膵がんなど多くのがんや、虚血性心疾患、脳血管疾患、慢性閉塞性肺疾患、歯周疾患など多くの疾患、低出生体重児や流・早産など妊娠に関連した異常の危険因子である1)7) 。喫煙者の多くは、たばこの害を十分に認識しないまま、未成年のうちに喫煙を開始しているが)10) 、未成年期に喫煙を開始した者では、成人になってから喫煙を開始した者に比べて、これらの疾患の危険性はより大きい2)5)8) 。さらに、本人の喫煙のみならず、周囲の喫煙者のたばこ煙による受動喫煙も、肺がんや虚血性心疾患、呼吸器疾患、乳幼児突然死症候群などの危険因子である11)12) 。また、たばこに含まれるニコチンには依存性があり、自分の意志だけでは、やめたくてもやめられないことが多い)10)13)14) 。しかし、禁煙に成功すれば、喫煙を継続した場合に比べて、これらの疾患の危険性は減少する15)16)

 最新の疫学データに基づく推計では、たばこによる超過死亡数は、1995年には日本では95000人であり17) 、全死亡数の12%を占めている。また、人口動態統計によると、近年急増している肺がん死亡数が1998年に初めて胃がんを抜き、がん死亡の中で首位となった18) 。さらに、たばこによる疾病や死亡のために、1993年には年間1兆2000億円(国民医療費の5%)が超過医療費としてかかっていることが試算されており、社会全体では少なくとも4兆円以上の損失があるとされている19)

 欧米先進国では、たばこによる疾病や死亡が1960年代に既に、現在の日本の状況であり1)2)17) 、この頃より種々のたばこ抑制策(消費者に対する警告表示、未成年者の喫煙禁止や、公共の場所の禁煙、たばこ広告の禁止などの様々な規制や、たばこ税の増額など)を講じた結果、国民の喫煙率や一人当たりたばこ消費量が低下した2)5)20) 。その成果は最近になってようやく、男性におけるたばこ関連疾患の減少という形で現れつつある17)21) 。これに対して、日本では、成人男性の喫煙率が先進国の中では極めて高率にとどまっているのみならず、近年若い女性や未成年者において喫煙率が上昇し、国民一人あたり消費量も先進国の中では最も多い25)

2.基本方針

 公衆衛生上の観点から、我が国のたばこ対策の最終的な目標は、「たばこによる疾病・死亡の低減」である。しかし、肺がんなど、たばこ関連疾患が顕在化するまでには数十年のタイムラグがあることから22)、将来的に、たばこによる死亡を減少させるためには、抜本的な対策が必要である。

 まず、国民のたばこの健康影響に関する認識について、代表的な生活習慣病である循環器病については、半数以上の国民が認識していないという現状に鑑み、国民各層への分かりやすい情報提供がより一層図られるよう、情報提供体制を整備する。そのような十分な分かりやすい情報提供は、各人自らの意志に基づく選択に資するものである。それを基本としつつ、未成年の喫煙防止(防煙)、受動喫煙の害を排除・減少させるための環境づくり(分煙)、禁煙希望者に対する禁煙支援および喫煙継読者の節度ある喫煙(禁煙支援・節煙)の3つの対策を強力に推進していく。

3.現状と目標

(1)たばこ関連疾患

 1998年の人口動態統計によると、肺がんの死亡数は50,867人、虚血性心疾患71,612人、脳血管疾患137,767人、慢性閉塞性肺疾患11,962人である18)。たばこ関連疾患、持に、肺がんは最近増加傾向にあり、現在の喫煙状況を著しく改善しない限り、これらのたばこ関連疾患による死亡数の減少は、当面は期待できない。

(2)たばこの健康に及ぼす影響に関する認識

 1999年の喫煙と健康問題に関する実態調査では、全体の84.5%の人が「喫煙で肺がんにかかりやすくなる」と思っている一方で、「心臓病」は40.5%、「脳卒中」では35.1%(23)と、低率になっているなど、疾患によってはたばこの健康影響に関する認識が低い。さらには、たばこに依存性があることを知っている人は、51.8%(23)であり、約半数が認識していない。国民が、別表のようなたばこの危険性に関する十分な知識を得た上で選択することができるよう、情報の提供を強化する。喫煙者には、「禁煙により心臓病等の危険住が減少する」という認識が一般的となるよう普及啓発を図り、一般国民や政策決定者には、諸外国のたばこ対策やその評価についても積極的に情報を提供する。

 また、集団でみた喫煙率がどれだけの疾病の発生に関わっているのかといった情報についても、十分に提供する必要がある。集団としてたばこをやめることによって、どれだけの疾病の減少が見込まれるのかといった情報は、たばこを吸うかどうかといった自由な選択に資するものである。たばこを吸うかどうかは、これらの科学的な情報が十分に提供された上で本来各人の自由な選択に任されるべきものである。

 これらの十分な情報提供を通して、「喫煙率半減」をスローガンに、喫煙率の減少が大幅に進むよう努める

 ○喫煙が及ぼす健康影響についての十分な知識(別表)の普及

   基準値:喫煙で以下の疾患にかかりやすくなると思う人の割合

       肺がん 84.5%、 ぜんそく 59.9%、 気管支炎 65.5%、

       心臓病 40.5%、 脳卒中 35.1%、 胃潰瘍 34.1%、

       妊娠への影響 79.6%、 歯周病 27.3%

             (平成10年度喫煙と健康問題に関する実態調査)

   参考:別表

      ・喫煙と疾病の危険度

      ・禁煙による危険度の低減

      ・喫煙率と疾病罹患状況

(3)未成年者の喫煙状況

 未成年者の喫煙については、1996年の未成年者の喫煙行動に関する全国調査(国立公衆衛生院)によると、月1回以上喫煙する者(月喫煙者)の割合は、中学1年で男子7.5%、女子3.8%、学年が上がるほど高くなり、高校3年では男子36.9%、女子15.6%となっている24)。毎日喫煙者の割合は、中学1年では男子0.7%、女子0.4%に過ぎないが、高校3年男子では25.4%、女子では7.1%に達しており、月喫煙者のかなりの部分を毎日喫煙者が占めるに至っている。

 2010年までには、未成年の喫煙をなくすことを目標とする。

 特に、教育の場は、未成年者の将来の行動に大きな影響を持つので、その徹底が必要である。

   ○未成年の喫煙をなくす。

     基準値:中学1年男子7.5%、 女子3.8%

         高校3年男子36.9%、 女子15.6%

         (平成8年度未成年者の喫煙行動に関する全国調査)

(4)非喫煙者保護の状況

 これまで、厚生省、労働省、人事院、東京都等より、指針を示して、分煙の環境づくりを進めてきた結果、公共の場所、特に鉄道・飛行機等の輸送機関における禁煙・分煙はかなり進んできたが、多くの職場やレストランなどその他の施設では不十分であるとの現状が指摘されている。

 分煙環境の実現は、非喫煙者だけでなく喫煙者にとっても好ましいことから今後、さらに、公共の場所や職場での分煙を徹底することが必要である。さらには、家庭における分煙も進める必要がある。

 また、分煙の効果を判定する客観的な基準としては、現在用いられている粉塵濃度や一酸化炭素濃度だけでは不十分であることから、発がん物質や有害物質などを測定・評価できる客観的な指数の開発及び基準の設定を進めるとともに、効果の高い分煙についての知識普及をはかることが必要である。

 
公共の場や職場での分煙の徹底、及び、効果の高い分煙についての知識の普及

        (平成12年度に設定)

(5)禁煙支援の状況

 平成10年度の喫煙と健康問題に関する実態調査において、現在喫煙者(15歳以上)の26.7%が「やめたい」と考えており、「本数を減らしたい」と考える者を含めた禁煙希望者は64.2%にも上っている23)ことが明らかになった。

 国民全体として「たばこによる健康被害の低減」を達成するため、これら禁煙希望者に対する禁煙支援を積極的に推進していくことは重要かつ効果的であることから、今後、禁煙、節煙を希望する者に対する禁煙支援プログラムを行政サービスとしてのみならず、保険者が行う保健事業の場を活用したり、かかりつけ医、かかりつけ歯科医、かかりつけ薬局等による医療サービスの場を活用して、全ての市町村で受けられるようにする。

 また、妊産婦の喫煙は、早産、流産、胎児の発育異常等の危険性を高めることが明らかになっており3)、新しく生まれる命への著しい影響を防ぐ観点からも、積極的に禁煙支援に取り組む必要がある。

   ○禁煙、節煙を希望する者に対する禁煙支援プログラムを全ての市町村で受けられるようにする。

4.対策

(1)情報提供

 消費者に対しては、危険性に関する十分な知識を得た上での選択が行えるよう、たばこの危険性や製品そのものに関する正しい情報を提供する。一般国民や政策決定者に対しては、これらの情報に加え、諸外国の対策やその評価についての情報も積極的に提供する。

(2)喫煙防止

 学校教育や地域保健の現場における健康教育を充実させる。また、未成年者は、たばこの危険性に関する情報を十分に与えることはもとより、社会環境の整備あるいは規制という形で、保護する必要がある。

(3)非喫煙者の保護

 受動喫煙からの非喫煙者の保護という趣旨を徹底し、また「たばこのない社会」という社会通念を確立するために、不特定多数の集合する公共空間(公共の場所及び歩行中を含む)や職場では原則禁煙を目指す。家庭内における受動喫煙の危険性についても、普及啓発を図る。

(4)禁煙支援

 薬物依存の観点から、行動科学・薬理学の裏付けのある禁煙支援プログラムの開発と普及を図り、保健医療の現場における保健指導や禁煙指導を充実させる。

(5)実施主体

 国、都道府県、地域保健、職域保健、学校教育の各レベルにおいて、たばこ対策を推進する。また、専門職能団体や学術団体も、それぞれの役割と責任において、たばこ対策を推進する。さらに、保健医療従事者や教育関係者は、国民に対する範として、自ら禁煙に努める。

5.その他

 たばこ対策の成果を評価するためには、成人の喫煙率と国民一人あたりのたばこ消費量の経年的変化に加えて、未成年者の喫煙状況についても、定期的に一定の方法で調査する必要がある。また、たばこ対策の進展を図るためには、定期的にたばこと健康問題に関する意識調査を行い、世論の動向を把握しつつ、社会環境整備を進める必要がある。

○目標値のまとめ

1.喫煙が及ぼす健康影響についての知識の普及

   基準値:喫煙で以下の疾患にかかりやすくなると思う人の割合

       肺がん 84.5%、 ぜんそく 59.9%、 気管支炎 65.5%、

       心臓病 40.5%、 脳卒中 35.1%、 胃潰瘍 34.1%、

       妊娠への影響 79.6%、 歯周病 27.3%

        (平成10年度喫煙と健康問題に関する実態調査)

2.未成年の喫煙をなくす。

  基準値:中学1年男子7.5%、 女子3.8%

      高校3年男子36.9%、 女子15.6%

      (平成8年度未成年者の喫煙行動に関する全国調査)

3.公共の場や職場での分煙の徹底、及び、効果の高い分煙についての知識の普及

  (平成12年度に設定)

4.禁煙、節煙を希望する者に対する禁煙支援プログラムを全ての市町村で受けられ

  るようにする。

(別表,参考文献は,今回省略しました)