タバコ病訴訟の控訴審判決には,重大な事実誤認がある(批判声明)

 日本政府は,国会の全会一致の承認を経て,2004年6月に,「たばこ規制枠組条
」を受託・批准し,本条約は,本年2005年2月に発効した。日本政府が受託したこ
とは,国としてタバコ(特に喫煙及び受動喫煙)の害を認め,対策を進めていく姿勢
を明示したことに他ならない。
 本条約の批准の1年後,また発効の4カ月後の6月22日に,東京高等裁判所で,
タバコ病訴訟の控訴審判決( http://www.anti-smoke-jp.com/~saiban/ )があったが,
本条約を誠実に遵守すべき裁判所が,本条約の内容と趣旨を全面否定する重大な
事実誤認があるので,3点に絞って指摘する。

1.判決文12ページで,喫煙の健康への有害性を認めつつも,「たばこの有害性を論
  ずるに当たっては……現在のところ十分に解明されているとはいい難い。」,との
  判断は,事実誤認である。

   タバコ行政を所管する財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会は,2002
  年10月に「喫煙と健康の問題等に関する中間報告」(A)を財務大臣に提出したが,
  http://www.mof.go.jp/singikai/zaiseseido/tosin/tabakoa141010.pdf
  その3ページに「喫煙が特定の疾病に対するリスクであることは疫学的に認められ
  ている。」と明言しているし,同ページでたばこ規制枠組条約の「たばこ消費及びた
  ばこ煙への曝露が死亡、疾病及び身体障害における数多くの原因と関連付けられ
  ていることが、科学的証拠により決定的に証明されていること(中略)を認識」を,
  「当審議会として……その上で、多国間で合意形成された規制の基本的方向につ
  いては、国際協調の観点から、原則として尊重すべきである。との認識に立つべき
  ものと考える。」(Aの4ページ)と明言している。

   以上を踏まえれば,2004年6月に「たばこ規制枠組条約」を受託した国として,そ
  の構成機関である東京高等裁判所は,当然にそれらを遵守すべき立場にある訳
  で,公平に事実を直視して判決すべきであったと言わざるをえない。
  
2.判決文14ページで,「たばこには,ニコチンによる依存性があるが,その依存性の
  程度は,身体依存については心理的症状がほとんどで依存の程度は微弱であり,
  精神依存についても,ある程度の依存性はあるものの,その程度は禁制品やアル
  コールより格段に低く,喫煙者自身の意思及び努力により禁煙ができないほどの
  ものではない。」,との判断は,事実誤認がある。

   財務省自身が,上記Aの3ページでたばこ規制枠組条約の「たばこが依存を引き
  起こし、かつそれを維持すべく高度に設計されていること(中略)を認識」を,
  「当審議会として……その上で、多国間で合意形成された規制の基本的方向につ
  いては、国際協調の観点から、原則として尊重すべきである。との認識に立つべき
  ものと考える。」(Aの4ページ)と明言している。

   また,今年7月からタバコのパッケージに義務づけられた警告表示の一つに
  「人により程度は異なりますが、ニコチンにより喫煙への依存が生じます」とあるの
  が,国自身がニコチンの依存性を認識している証左であるし, 
  またニコチンの依存性は,禁制品やアルコールとは元々メカニズムが違うのである
  から,それらと比較して強弱を論ずることは医学的に間違っている。そしてニコチン
  の依存性は,人により,喫煙開始時期,喫煙本数,タバコの種類や吸い方,生活習
  慣や環境,本人の体質や遺伝素因などにより,千差万別で,強弱があり,上記のよ
  うな一概的な決め付けは誤認である。

   タバコの寄与の大きい喉頭がんによる喉摘者や,手足が壊死するバージャー病
  患者で,それでもタバコがどうしても止められない例は多く報告されているし,

   例えば,歌手の和田アキ子さんが,本年7月1日の産経新聞朝刊のインタビュー
  記事:わたしの失敗「たばこやめたい,やめられない」で,止められないことを語っ
  ているが, http://muen2.cool.ne.jp/wada050701.jpg 
  それほどに,人により,タバコは依存性が強いのに,「喫煙者自身の意思及び努力
  により禁煙ができないほどのものではない」とは,高等裁判所として事実誤認も甚だ
  しい,と言わざるをえない。

3.判決文17ページで,疾病との因果関係について,「控訴人らが原因確率として指摘
  する寄与危険度割合は,疫学上の推計値であって……直ちに喫煙と控訴人らが肺
  がん,喉頭がん及び肺気腫に罹患したこととの因果関係を肯定することはできない」
  (13ページでも同趣旨),との判断は,事実誤認がある。

   確かに,寄与危険度割合(あるいは相対リスク)で,個人の疾病原因の特定・判
  定は即断定はできないとしても,疫学の知見で,寄与危険度割合が原因確率とし
  て有用なことは広く認められていて,例えば喉頭がんの喫煙による寄与危険率は
  96%(男)で,ほとんど喫煙が原因と考えられていて
  http://www.ncc.go.jp/jp/ncc-cis/pub/about/010107.html
  これは逆に,ある喉頭がん患者が喫煙者であった場合,喫煙によって喉頭がんに
  罹患した確率はおよそ96%であると判定できることを示している。(以上B)

   また,判決文17ページ後半で,「特に,ある一つの要因と疾病に関する曝露群寄
  与割合は,他の要因の影響を除外して算出された数値であり,……現実には,疾
  病の原因として他の複数の要因への曝露が考えられるため,これら他の要因の影
  響も考慮に入れないと疾病発生原因を特定することができないものである。」の「他
  の要因の影響を除外して算出」の部分は,初歩的な致命的誤認がある。
  この「除外」の意味は,寄与危険度割合(あるいは相対リスク)を計算する場合は,
  年齢や喫煙本数など様々の交絡要因を調整する手法をいうのであって,「これら他
  の要因の影響も考慮」に入っているのであり,この初歩的な誤りの上に,上記判決
  文の「疾病発生原因を特定することができないものである」は基本的誤謬である。

   その指摘の上で,上記Bで述べた,この原因確率(がい然性)は,原告発症者らに
  該当疾病について他の特定リスク要因がない限り,本件疾病においても適用される
  べきで,「直接の原因として断定はできないものの,確率的に因果関係が全面否定
  できないことから,その確率で関係有りと認めざるをえない」と判断するのが疫学的
  に正しい。 

   また,今年7月からタバコのパッケージに義務づけられた警告表示の一つに
  「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります」,あるいは
  「喫煙は、あなたにとって肺気腫を悪化させる危険性を高めます」とあるのが,
  国自身が喫煙のこれら疾病との因果関係を認識している証左である。

   今回の判決文は,これら疫学的(学問的)知見を全否定していて,かつ誤りがあ
  り,それら誤りの上に因果関係を否定するという重大な事実誤認がある。高等裁判
  所として,審議を十分に尽し,真摯に耳を傾け,証拠尋問を十分に尽したとは,とう
  てい思うことができない。

 以上,今回の東京高等裁判所の判決は,わが国政府が受諾し・発効した「たばこ規
制枠組条約」を否定する内容を含んだ,重大な事実誤認があり,判例となることを見過
ごすことはできないので,以上,声明する。

2005年7月7日

NPO法人 子どもに無煙環境を推進協議会  会長 若林 明
大阪市中央区玉造1-21-1-702

タバコ規制枠組み条約推進国民会議  代表 加濃正人
神奈川県横浜市神奈川区西神奈川1-6-15桜ビル402

無煙世代を育てる会  代表 平間敬文
茨城県下妻市江2051番地

水戸呼吸療法士会  代表 青柳智和
茨城県水戸市千波町1702-12

水戸呼吸療法士会  禁煙支援班長 飛田和也
茨城県水戸市見川3−543

兵庫県喫煙問題研究会  会長 瀬尾 攝
兵庫県尼崎市南塚口町1-21-23

日本禁煙推進医師歯科医師連盟兵庫支部  支部長 瀬尾 攝
兵庫県尼崎市南塚口町1-21-23

禁煙推進の会えひめ  代表 大橋勝英
愛媛県新居浜市船木甲4463-1

子どもをタバコから守る会・愛知     代表 中川恒夫
名古屋市昭和区滝子町27−3

たばこれす  代表 春本常雄
大阪市中央区玉造1-21-1-702

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