たばこ すうたら あかん!
 

 

 


 

 

                        絵・文 小原 美知子       

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               カバー

 

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1)表紙

本当なら……

今年の十二月でおっちゃんは三十一歳になるはずやった。

「やった…」というのは、今はもう、この世におれへんからや。

 

―― 間 ――

 

「おっちゃん」とはお母さんの弟のこと、つまりぼくにとっては「おじさん」にあたる人なんや。

 

おっちゃんは、仕事にあけくれてたから、まだ独身で、おじいちゃん、おばあちゃん、そしておっちゃんの妹と一緒に住んでたんや。

 

おっちゃんの仕事はツアーコンダクターといって、旅行の企画をしたり、添乗員としてお客さんのお世話をするそうや。

 

そやから、ぼくと会うたら、いつもいろんな国の話をきかせてくれた。

 

ほんで、大きくなったら、一緒に飛行機に乗って旅行に連れてったるからな、っていつも言うとったんや。

 

そやのに……。

<ゆっくりとぬく> 

 

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2

三年前、おっちゃんは「気胸」という胸の病気になって、右と左の肺を半分近くとる手術をした。

 

けっこう大きな手術やったけど、おっちゃんは若かったから、三ヵ月ほど会社を休んだだけで、すぐ仕事にもどった。

 

おっちゃんは退院する時、看護婦さんから、『退院後の生活』と書いた紙をもらった。

 

その紙には規則正しい食生活、睡眠、簡単な体操なんかの注意事項が書いてあって、一番最後には

『タバコはやめましょう !

と書かれてあった。

 

あれだけ大きな字で書いてあったのに、おっちゃんはまだこりずにタバコをすっていた。

 

「おっちゃん、タバコやめなあかんやろ ! 」とぼくが怒りながら言うと

 

「ひろきは、えらいきびしいな…」といって笑ってごまかしていた。

<ぬ く> 

 

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3

その手術から一年半たった冬に、おっちゃんはまた入院することになった。

 

手術後の経過は良かったけど、最近になってまた胸が痛みだし、その原因を調べるための検査入院やねんて。

 

「おっちゃん、また手術するのん?」

 

心配になってぼくはきいた。

 

「いいや、ちょっと検査するだけやから心配いらん。

それより今度退院したら、飛行機に乗ってどっか旅行連れてったろか。」

 

「うん、いこいこ。ぼく飛行機に乗りたい。おっちゃん、はよ退院しいや。」

 

「よっしゃ、約束や。」

 

「うん、ほんまに約束やで。」

 

そう言いながら、おっちゃんは、ぼくを思いきり抱きあげてくれた。

<ゆっくりとぬく> 

 

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4

胸の痛みを調べるだけの検査入院やったのに……。

 

―― 間 ――

 

頭にできものがあるとわかって、すぐその腫ようをとり除く手術をした。

 

おっちゃんの病気は『肺ガン』。

 

運悪く、ちょうど前の手術のあとと同じとこらへんにガンができてたらしい。

 

前々から、胸が痛いといって病院に行ってたんやけど、先生から、「手術後の傷口の痛みが残っているんでしょう。」と言われ、痛みどめの注射をずっとうってもらってたんや。

 

そやけど薬をのんでも、注射をうっても、いっこうに痛みはおさまらず、そうしているうちに、ガン細胞が頭にまで転移してしもうて、その時初めて『肺ガン』と気づいたんやけど……。

 

―― 間 ――

 

気づいた時には、胸の中は手術もでけへくらいガン細胞でボロボロになってたんやて。

 

「なんでガンなんかになったんや。なんで、もっとはよわからんかったんや。」

 

おじいちゃんも、おばあちゃんも、おっちゃんの妹も、そしてお母さんもみんな泣いた。

 

「うそや…おっちゃんが、あとちょっとしか生きられへんなんて…。そんなん、うそや !  おっちゃん、死んだらあかん。!

 

<ゆっくりとぬく> 

 

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5

ぼくは、お母さんと一緒に、おっちゃんの大好きなイカ焼きとタコ焼きをさし入れにいった。

病院には、おばあちゃんが付き添いにきていた。

「おっちゃん、熱っつあつのイカ焼きとタコ焼きもってきたで、一緒に食べよ。!

 

おっちゃんは、ふとんをかぶってベッドにうずくまっていた。

 

「ああ…ひろきか。ようきてくれたな…。

今、胸がむかついて、何も食べられへんねん、ワルイなあ… 
ひろき、おっちゃんの分まで食べてええで。」

 

おっちゃんは、ふとんからちょっと顔をのぞかせて、それだけ言うとまたすぐふとんの中にうずくまってしまった。

 

――― むかつくのは抗ガン剤の副作用のせいや ―――

と、お母さんとおばあちゃんが後で話していたけど…。

 

それを知りながら、おばあちゃんは言った。

「なんでもええから、しっかり食べて、体力つけや。」

 

お母さんも明るく元気な声で、

「きれいな看護婦さんに囲まれて幸福やろうけど、はよ退院せなあかんで。」

と茶化して言うとみんな笑った。

 

「おっちゃん、はよ元気になってな、またくるからな。」

そう言ってへやを出た時、笑いながらも、おばあちゃんとお母さんの目は涙ぐんでいた。

<ぬ く> 

 

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(6)

痛みがやわらいで少し気分のいい時には、おっちゃんはタバコをふかしていた。

 

「おっちゃん、タバコはあかんで。身体に悪いって、お母さん言うとったもん。

おっちゃん、タバコやめんと、いつまでたっても身体ようなれへんで。」

 

「はっはっはっ…。そうやな。タバコのせいでこうなったもんな。

タバコはほんまに身体にええことない。おまえは絶対タバコは吸うなよ。」

と、ぼくに言いきかせた。

<ぬ く> 

 

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7

一度とり除いた頭の腫ようが、また広がってきた。

 

おっちゃんには副作用が大きいだけで、抗ガン剤も注射もきかない。おまけに若いから病気の進行も早い。

 

おっちゃんの身体は左半分の手足がマヒし、言葉にも障害がでてくるようになった。

 

初めは自由に病院の中を歩いていたのに、歩行器を使うようになり、次に車椅子になり、そしてとうとうベッドに寝たきりになって、おばあちゃんとお母さんが交替で付き添いすることになった。

 

何の力にもなれず、日に日に弱っていくおっちゃんの姿をみるのは、ぼくにはとてもつらかった。

 

―― 間 ――

 

一日中点滴をしているおっちゃんの身体は、もうぼくを抱きあげる力もないほど、細く細くなってしまった。

 

<ゆっくりとぬく> 

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8

おっちゃんが『肺ガン』だとわかってから、もう六ヵ月がたった。

 

夏休みもあと十日ばかりで終ろうとしている。

 

「おっちゃん、聞こえてるか…ひろきやで。」

 

閉じていたおっちゃんの目が、ゆっくりあいた。

 

「はよ元気になって、旅行連れてってな。ぼく、こづかいためて、待ってんねんで。約束破ったら神さま怒りはるからな。

ぜったい、ぜったい、約束やで。」

 

おっちゃんは、ゆっくりぼくの方に目をむけ、笑いながらコクンとうなづいた。

 

―― 間 ――

 

それから数日後 ―――

 

―― 間 ――

 

おっちゃんは、静かに息をひきとった。

 

八月三十一日、夏休み最後の夜やった。

 

<ゆっくりとぬく> 

 

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9

おっちゃんはタバコとひきかえに、自分の命をすてた。ぼくとの約束を破って一人で遠い旅にでた。

 

―― 間 ――

 

タバコだけが『肺ガン』の原因とは言いきれないけど、身体に害やということは、今までのいろんな研究で証明されている。

 

何でこんなに身体に悪いもん、作って売ってるんやろか。

 

気分をまぎらすためやったら、他に何でも方法があるやないか。

 

何でわざわざ身体に害あたえるようなもん、自分の身体の中に入れなあかんのや。

 

身体こわして誰が喜ぶねん。

 

―― 間 ――

 

たったひとつしかない自分の命やろ。

 

命とひきかえにするほど、タバコは値打ちのあるもんか。

 

<すばやくぬく> 

 

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10

ぼくは、おっちゃんの死をムダにしたくないんや。

 

一人でも多くの人に、タバコをやめてもらうようにがんばるつもりやねん。

 

みんなも一緒に協力してくれるやろ。

 

ぼくはタバコ吸ってる人みんなに言いたい。

 

『おじいちゃん、おばあちゃん、

 

おっちゃん、おばちゃん、

 

おにいちゃん、おねえちゃん、

 

タバコやめや !

 

タバコすうたら死ぬで !!

 

制作・発刊 NPO法人「子どもに無煙環境を」推進協議会

19949月発刊、2001年11月改訂版