喫煙後45分は「エレベーター禁止」広がるか 効果は…

2018年4月2日20時06分 朝日 https://digital.asahi.com/articles/ASL425FT8L42UTIL02G.html?_requesturl=articles%2FASL425FT8L42UTIL02G.html&rm=623 

 

 喫煙後45分は市庁舎のエレベーター利用禁止――。奈良県生駒市が、4月からこんな受動喫煙対策を打ち出した。喫煙後の呼気からも受動喫煙が起きる、というのが理由だが、動きは広がるのか。

 2日午後0時半、5階建ての生駒市役所の地下にある喫煙室では、10人あまりがたばこを吸っていた。秘書企画課主幹の日高興人(おきと)さん(40)は、喫煙歴20年で1日10本ほど吸う。「受動喫煙を避けるのは行政としては当然」と受け止める。喫煙後、4階にある職場までは階段を利用した。「厳しいとも思ったが、運動になるので前向きに捉えています」。一方、総務課の男性職員(31)は、3階まで階段を上り、「疲れました」。

 市民の反応は様々だ。子連れで来庁した岩下仁子(よしこ)さん(38)は「対策はありがたいが、あまりやりすぎるのも気の毒。これをきっかけに喫煙者のマナーが良くなれば」。会社員男性(23)は「おもしろい取り組みだとは思うが、『45分』は調べられるわけではない。目に見える実効性があるのか」と疑問を呈した。

 生駒市では条例で、6月から近鉄生駒駅周辺で路上喫煙した場合、2万円の過料を科すことに。「市民に負担を強いる以上、職員もしっかり取り組む必要がある」と今回の対策を始めた。昼休憩以外の職務時間中は禁煙。「喫煙後の呼気でも受動喫煙となり、密室では深刻になる」と、喫煙後45分間はエレベーターを利用禁止としたが、罰則はない。職員以外の来庁者にも協力を求める。

 根拠となったのが、大和浩・産業医科大教授(健康開発科学)の研究だ。屋外で1本のたばこを吸って室内に戻った人がはき出す息に含まれる総揮発性有機化合物(TVOC)の濃度を5分ごとに調査。喫煙前の水準に戻るのに45分かかった。TVOCはシックハウス症候群の原因とされる物質を含んでいる。屋外でたばこを吸った3人が入った室内でのTVOCの濃度の調査でも、入室後にじわじわ上昇、10分ほどして退室するまで濃度は上昇傾向が続いたという。

 受動喫煙の防止は、2003年の健康増進法で初めて法的に義務づけられた。厚生労働省の検討会は、受動喫煙肺がん脳卒中のリスクが高まるとしている。受動喫煙による死者は、年間1万5千人と推計される。

 3月に閣議決定された健康増進法改正案(2020年施行予定)では、多くの人が利用する学校や病院、行政機関などの敷地内は原則禁煙に。屋外に喫煙場所を設けることはできる。すでに実施している自治体も多い。独自の受動喫煙防止条例を検討している東京都では、4月から職員は庁舎内で禁煙になった。

 北陸先端科学技術大学院大学石川県能美市)では昨年10月から、敷地内を全面禁煙にすると共に、喫煙後45分間は敷地内に立ち入り禁止にした。監視などはしておらず、それぞれの良心に任せているという。

 ただ、「喫煙後」にまで踏み込むところは少数派だ。厚生労働省の担当者は生駒市の取り組みについて、「評価は控える」。東京都の担当者は「ユニークな取り組みだとは思うが、そこまでは考えていない」という。

 受動喫煙の問題に詳しい三柴丈典・近畿大教授(産業保健法)は、「現時点では、方向性はいいが、少し行きすぎでは」と懸念する。「喫煙直後の呼気による受動喫煙の被害は有害性の強さが十分証明されているとはいえない。そこまで言い出すと、風邪をひいた人はマスクをすることを義務づけるなどの話になりかねない。正解のない問題だけに、バランスを取りながら合意形成することも大切」と指摘する。

 一方、喫煙後の呼気の影響を研究した大和教授は「公共施設には病弱な人も訪れ、エレベーターの狭い空間でたばこくさい息をかいだら気分が悪くなる人もいる。吸うのは自由だが、権利を行使できるのは周囲に被害を及ぼさない場所だけだ。勤務するのが分かっているなら朝からたばこを吸わずに出てきてほしい」と厳しい。

 大和教授もかつては、1日20本以上吸っていた。16年間で禁煙に7回失敗。呼吸器内科ではたばこ臭い息で肺がん患者の診療をし、妻の妊娠中もやめられずに煙たがられた。禁煙の講話を頼まれたのを機に一念発起した。当時は今のような禁煙治療がなかったため、たばことセットで飲んでいたコーヒーを紅茶に替え、吸いたくなったら氷を口に含むなどしてまぎらわせた。禁煙後の3日間のつらさは今も記憶に刻まれているという。

 厳しい対策を提唱するのは、自身の反省からという。「禁煙後は、ご飯がおいしいし体調もいい。みんなに知ってほしいんです」

写真・図版