タバコ天国TOKYOは世界水準の禁煙都市になれるのか? [The New York Times]

2017年11月27日付ニューヨーク・タイムズ記事の翻訳 https://www.cafeglobe.com/2017/12/066175nyt_smoking.html

 

喫煙を大幅に規制する動きが加速する日本。なかでも、2020年にオリンピック開催を控える東京は、レストランを含むすべての公共の場所を禁煙とする、より厳格な条例の制定を目指している。変わりゆく日本の喫煙事情、海外特派員の目にはどう映っているのだろうか? ニューヨーク・タイムズ東京支局長モトコ・リッチのレポートを紹介しよう。(以下、2017年11月27日付ニューヨーク・タイムズ記事の翻訳)

喫煙者は社会のルールを守らない?

日本は秩序に従う社会である。東京の地下鉄の朝のラッシュアワーどきも、通勤する人々の大群は、ホームに上り下りする階段を矢印で示された側をきちんと遵守して歩き、列を乱すことはない。ゴミをその辺に投げ捨てる人もいないし、駅員は電車の到着が1分遅れただけでも、いや早く着きすぎた場合でさえ謝罪している。

たとえスポーツジムであっても室内に入るときは靴を履き替えるよう求められ、クラッカーのかけらを歩道に落とした子供は友達から叱られていた。

ところが、そんな日本にもしばしばルールを守らない集団がいる。喫煙者だ。

通勤途中、近所で必ずといっていいほど目にするのは、歩道の端に立ち止まりタバコを吸う人々で、彼らの紫煙は、脇に立つ「禁煙」という看板をものともせずにたなびいている。たまに巡回している警察官が注意を促して追い払うのだが、喫煙者はいつも舞い戻ってくる。日本の社会を律する厳しいルールに逆らうこのふてぶてしい一団を見るたび、複雑な思いがする。

禁煙化が急速に進む東京

タバコを吸うことが日本社会の一部であったのは、さほど昔ではない。昨年、東京支局長に就任する前に、何度か訪れた当時の東京は喫煙天国だった。完全なノンスモーキングをうたうレストランやカフェをみつけることは至難の技。ところが最近では、海外では今や当たり前の禁煙文化が日本でも広がりつつある。

多くの人がタバコによる健康被害を気にするようになり、日本たばこ産業(JT)の調べでは日本の喫煙者数は激減。WHOが世界各国に向けて禁煙治療のための政策提言書を作成した2002年以来、受動喫煙の害を唱え、自主的に禁煙を推進する企業やレストランのオーナー、公共施設は日本全国で増え続けている。成田空港で隔離された喫煙ルームを初めて見たときは本当に驚いたものだ。

今では駅のホーム、デパート、かなりの数のレストランが禁煙であり、さまざまな職場においても、いまだにタバコを吸う習慣がやめられない従業員は、狭くて小さな喫煙室や屋外の喫煙コーナーへと追いやられている。さらには、上野動物園も赤ちゃんパンダの一般公開にあわせて、園内を全面禁煙にする方向で検討中という。

より思い切った施策も準備されている。2018年早々にも東京都議会では屋内原則禁煙とする条例の決議が行われる見込みだ。これが施行されれば、レストラン、ホテル、オフィス、デパート、空港、大学、スポーツジムなど、都内のほとんどの場所で屋内の喫煙は認められず、喫煙者は屋外の指定された特別シェルターかゾーンを利用するほかはない。

それでもなお、禁煙エリアでタバコを吸おうとする人はいるかもしれない。だが、ここは日本である。他人と異なる突出した行動を人々は嫌う。もし禁煙条例が制定されたなら、黙って従うしかないだろうと大部分の喫煙者は認めている。「困ったことになるでしょうね」と、1日1箱吸うという40歳の男性会社員は話す。ある日の午後、いまや数少ない喫煙席を備えた喫茶店チェーンで、彼はパソコンでメールを書きながら一服していた。「でも、しかたない。決まりですから」

既得権益の思惑もあり根強い喫煙擁護派

規則を守ることへの欲求がある一方で、喫煙文化を擁護する姿勢も根強い。何といっても、タバコは一大産業だからだ。

それゆえに、日本の国家レベルになると禁煙の推進は一筋縄ではいかない。実際、厚生労働省は東京都と同様の受動喫煙対策を強化する健康増進法改正案を出したが、与党の自民党は「厳しすぎる」として、これを認めなかった。理由の一つには、日本たばこ産業の株の3分の1を日本政府が所有しており、タバコからの税収はおよそ2兆円、国の歳入の約3%を占めている事実があげられる。くわえて、地方選出の自民党議員の多くはタバコ農家や零細な個人経営の飲食店を支持基盤に持っている。屋内原則禁煙は「全体主義的」であると、6万店の加盟店を束ねる全国たばこ販売協同組合連合会の武田基樹事務局長は主張する。「これは喫煙者に対するほとんどイジメです」

さらには、喫煙を文化の一部ととらえる見方も。ある国会議員たちによれば、組織の中では個を抑えて働く日本の人々が、心を開いてリラックスできるのは、居酒屋に集まり、飲んで、食べて、そしてタバコを吸いながら過ごす時間であり、この日本の伝統的な習慣は酒、食、タバコの3つが揃ってこそうまくいくのだとして譲らない。「居酒屋は本音で話し、正直な気持ちや意見を言える場所」と、自民党たばこ議員連盟所属の江渡あきのり衆議院議員は力説する。

こうした反対を受けてか、厚生労働省は当初から大幅に緩和した健康増進法の改正案を先ごろおおやけにした。新たな案では、店舗面積150平方メートル以下であれば、飲食店側の判断で喫煙を認めるというもの。

しかし、タバコの煙のない環境でのオリンピック開催を求める国際オリンピック委員会との協定に基づいて、厳格な禁煙条例を制定する方針を東京都は変えないだろう。小池百合子知事自身が条例に積極的で、都議会選挙の際には争点の一つに掲げていたというのもある。

 

東京の繁華街、新橋駅裏の小路に面した「炉端 武蔵」は、すべてのテーブルに灰皿が置かれた、禁煙条例が施行されたあかつきには大きな影響を受けるタイプの店である。幼馴染の友人と焼きイカをつまみに飲んでいた67歳の男性エンジニアは、東京都の条例はやりすぎだと言い、「人の権利を侵害している」とハイライトのタバコを手に訴える。

一方、近隣住宅受動喫煙被害者の会の顧問弁護士でもある岡本こうき東京都議会議員は、飲食店が禁煙になれば、子供連れの家族が訪れやすくなり、レストランの客足は伸びるはずだとする。「喫煙に対する見方を改めれば、営業利益を上げることが可能です」と話す岡本議員は、子供を受動喫煙から守るための別な都条例を策定している。

確かに、武蔵を訪ねた夜、店内は2対1で非喫煙者が喫煙者を上回っていたし、別のカフェでは、カウンターでコーヒーをオーダーしようとすると、全フロアに喫煙席があるが構わないかとまず尋ねられた。

武蔵で出会った25歳の女性客はチェーンスモーカーで、いつもどこかしら吸う場所は見つけられると言いながら、最後に打ち明けた。「本当はきっぱりやめたいのよね」

©2017 The New York Times News Service
[原文:Tokyo, Once a Cigarette Haven, Could Finally Kick Out the Smorkers / 執筆: Motoko Rich]