増加する飲食店の全面禁煙化、どこまで浸透する?

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全店禁煙化を進める飲食店が増えてきている

東京都は、2020年東京五輪・パラリンピックに向けて、公共施設や飲食店などの建物内を原則禁煙とする罰則付きの受動喫煙防止条例を制定する方針を発表していますが、屋内全面禁煙化の流れは東京都だけに留まらず、受動喫煙対策のため厚生労働省は法整備を進めています。

こうした状況を受け、前倒しで全店禁煙化を進める動きが、大手外食チェーン店で起きています。すでに2013年ロイヤルホスト、2014年マクドナルドが全店禁煙化を実施しており、ケンタッキーフライドチキンも2018年3月までに直営店を禁煙化し、フランチャイズ店も順次禁煙化することを発表しています。つい最近では、サイゼリヤが2019年9月までに全店舗禁煙化の方針を発表しました。

一方で、大手外食チェーンでも居酒屋業態やカフェ業態を中心としているところでは、全店禁煙化や完全分煙化が顧客離れに繋がることを懸念して、正式に法整備されるまで保留という方針をとるところが多くなっています。

禁煙化の流れ、その背景にある3つの理由

1. 禁煙化による改装費用や時間の平準化

なぜ、大手外食チェーンで正式な法制化の前に全店禁煙化の流れが進んでいるのでしょうか?大きく分けて3つの理由が考えられます。一つ目の理由は、東京五輪開催に向けて、受動喫煙防止のために屋内禁煙化の流れが加速すると判断し、前倒しで進めることで、客席の禁煙化による改装などにかかる費用や時間の平準化を図るためです。

2. 全世代的な喫煙率の低下

二つ目の理由は、喫煙率の低下が背景にあります。近年、全世代で喫煙率が低下していますが、特に若年層における喫煙率の低下が目立っています。JTが発表した2017年の喫煙率は、男性28.2%女性9.0%全体18.2%ですが、2016年との比較で喫煙率が減少したセグメントのベスト3は、20代男性で▲4.4%、30代男性▲3.0%、20代女性▲1.9%となっています。外食チェーンの中でも、主たる顧客層が20代30代で、特にファミリーでの来店が多い業態の場合、喫煙者のために席を分ける手間をかけるよりも、全席禁煙にして圧倒的に多い非喫煙者に配慮する方が、商売上もメリットが高いはずです。

3.深刻化する人手不足

三つ目の理由は、人手不足の問題です。外食業界は人手不足が深刻化していますが、特に大手外食チェーン店は、主要な労働力を若年層のアルバイトに頼っています。二つ目の理由で述べたように若年層の喫煙率は低下しています。そのため、非喫煙者の店員が喫煙席で接客することはストレスが大きく、喫煙席の吸い殻の掃除が嫌で辞める人も多いという話もあります。したがって、大手外食チェーン店にとって、全席禁煙化することは、若年層のアルバイトを確保するためにプラスの材料になるのです。

日本はG8のなかで受動喫煙防止に関する法整備が行われていない唯一の国

そもそも受動喫煙防止の動きが高まっている背景には、2020年東京五輪・パラリンピックの開催があります。日本はG8(先進8ヶ国)の中で、受動喫煙防止に関する法整備が行われていない唯一の国です。直近のリオ五輪やロンドン五輪において、屋内完全禁煙が法律によって実施されていたため、「オモテナシ」をキャッチフレーズに招致した東京五輪開催に当たって、他国並みに受動喫煙対策を推進する必要に迫られているのです。

法律によって屋内禁煙化を進めるにあたって、官公庁や医療施設、公共交通機関については、すでに禁煙化が行われているため問題は起きないでしょうが、飲食店では賛否両論があります。特に、飲酒をともなう業態で、かつ小規模な店の場合、屋内完全禁煙を一律に適用されると来客数が減少し、死活問題に繋がることを懸念しています。そのため、厚生労働省が準備を進めている健康増進法改定案では30㎡以下のバーなどに限って例外とする方針が出されています。

禁煙化すると売上が減るというシナリオには疑問

しかし、「小規模な居酒屋やバーは、屋内禁煙を実施すると喫煙者の足が遠のき、売上が減ることで苦しい経営を強いられる」というシナリオは当たっているのでしょうか。法律によって、すべての店が禁煙になれば、喫煙者はどの店に行っても煙草が吸えないことに違いはなく、規模が小さい店だけマイナスの影響が大きいという理屈は成り立ちません。

仮に、屋内の完全禁煙化によって、人口の18.2%を占める喫煙者がすべて外食を止めることになれば、顧客の喫煙率が高い店ほど来客数が減り、経営に少なからず影響が出ることになります。でも、そんなことにはならないでしょう。

一昔前は、飛行機の中も電車の中も煙草を吸い放題でしたが、その後禁煙となったからといって、飛行機や電車に乗るのを一切止めた人はいませんでした。同じ理路に立つならば、飲食店がすべて禁煙になれば、どの店舗も条件は同じなので、禁煙化が経営に悪影響を及ぼす可能性はほとんどないはずです。

それでも、飲食店経営者の中で、屋内禁煙化が商売の悪材料だと考える人がいるとするなら、法律が施行されたとしても、違反を承知で喫煙可とする店が現れることを見込んで、真面目にルールを守っている店が損をすることを心配しているからではないでしょうか。

しかし、それは法律の運用における課題であって、屋内の完全禁煙化を是とするか非とするかの判断に影響を与えるものではありません。自動車のスピード制限は、安全のために必要ですが、制限速度があってもスピード違反をするドライバーがたくさんいるし、全員が取り締まられていないという現実を引き合いにして、自動車のスピード制限は不要だと考えることが暴論であるのと同じです。

受動喫煙の健康被害は世界的な共通認識

受動喫煙が健康に悪影響を与えることについて、一部では因果関係が薄いという研究結果があるものの、世界的に見て受動喫煙により健康被害があることは共通認識になっています。したがって、2020年の東京五輪・パラリンピックを契機に、日本の飲食店においても完全禁煙化が進むことは間違いないでしょう。

それでも、「喫煙権」は基本的人権の一部であり、「嫌煙権」だけが幅をきかせるのは不当だという根強い主張があります。この考え方を全面的に否定できませんが、喫煙について一定の制約が加わることは、どうしても避けられないことです。水質汚濁防止法や食品の放射能規制値など、人間の健康に被害が及ぶ蓋然性が高いと認められる場合、すでに規制が行われているので、煙草だけを例外にする理由はありません。

店の魅力が喫煙の可否にかかっている点に問題がある

もし少しでもビジネスの自由と喫煙権を守りたいならば、店舗の面積で線引きするのではなく、イタリアのようにバーなどに限って「全席喫煙」か「全席禁煙」を選択できる制度にした方がシンプルで分かりやすいでしょう。嫌煙派は、その店には絶対に行かない自由を行使すればよいし、喫煙派にとっては、自由に煙草を吸える空間が確保できるメリットがあります。ただし、イタリアで全席喫煙可を選択している店の割合は3%以下に留まっています。

ビジネスという観点から見ると、店の主たる魅力が「煙草が吸えるかどうか」にかかっていることに問題があります。店主が憂えるべきことは、法律によって全席禁煙を強いられることではなく、「煙草が吸えないなら、この店には来ない」と思われていることの方です。

したがって、変化をおそれて、権利や自由について主張をするよりも、ビンチをチャンスに変える発想を持ち、全席禁煙にしてもなお人を惹き付ける店作りに頭を切り替えることができる経営者の方が生き残る確率は高いでしょう。

(清水 泰志/経営コンサルタント)