受動喫煙把握へ職歴の記録を 法木左近氏 福井大学 准教授(腫瘍病理学) 

私見卓見
2018/3/2 2:30
日本経済新聞 電子版  https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27550510R00C18A3SHE000/

 

 受動喫煙対策を強化する健康増進法改正案によると、個人や中小企業が運営する、客席面積100平方メートル以下の既存の飲食店で喫煙を認めるという。東京都の調査によると、都内の飲食店の9割近くが100平方メートル以下というのが現状で、全国でも多くの店が原則禁煙の対象外ということになる。

 改正案は他人のたばこの煙を吸い込む受動喫煙の防止をうたうが、飲食店には客以外に従業員がいる。飲食店における従業員の労働安全や衛生という観点が欠かせない。

 労働安全衛生法は、職場での労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的としている。法律はもちろん病院にも当てはまる。例えば、我々病理医や臨床検査技師が防腐用に使うホルムアルデヒドがある。

 ホルムアルデヒドは、国際がん研究機関(IARC)により「発がん性がある」最も上位のグループ1にあたると判定されており、病院の病理部門でも厳しく管理されている。IARCのグループ1には、受動喫煙の環境も含まれている。また国立がん研究センターは、受動喫煙のある人はない人に比べ、肺がんになるリスクが約1.3倍になると報告している。

 受動喫煙は、客席面積に左右されるのではなく、従業員が受動喫煙の環境にいるかどうかが問題ではないだろうか。経営者が1人で接客しているような飲食店は喫煙可でもいいだろう。だが学生アルバイトを含めた従業員を雇用している飲食店の経営者は、労働安全衛生法で定める労働災害を防止し、職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならないはずだ。

 かつて建築資材などに用いたアスベスト(石綿)が主な原因となるがん「中皮腫」のように、因果関係が医学的に確立している疾病は、業務上疾病として労働災害に認定される。肺がんは受動喫煙でリスクが上昇するが、受動喫煙が原因であるとの証明は難しい。しかし将来、受動喫煙に特徴的な肺がんの遺伝子変異やDNAの損傷が証明されれば、受動喫煙による業務上疾病が認定されるようになるかもしれない。

 受動喫煙の環境が減るのが大切なのはもちろんだが、受動喫煙の環境下で働く人は、証明できるような記録を残しておくのがいい。アスベスト訴訟で職歴が認定に重要だったのは、歴史の教訓だろう。