2020年から見える未来

灰皿撤去、セブン店舗が板挟みに 頼みは公衆喫煙所?

2019/2/12  style.nikkei https://style.nikkei.com/article/DGXMZO40961380W9A200C1000000?channel=DF220420167262 

 

セブンイレブンの本部が東京都内の店舗から灰皿を撤去する方針を打ち出したことで、これまで店頭の空きスペースを喫煙場所として提供してきたオーナーが頭を抱えている。喫煙規制が広がるなか、「最後のオアシス」存続を求める客と板挟みになっているためだ。2020年東京五輪をきっかけに規制は飲食店など屋内にも及ぶが、喫煙の受け皿は見つかっていない。

都内のセブンイレブンで灰皿のある店が最も多い地域の一つ、立川市内の店舗を訪ねた。建物と歩道の間にある20平方メートルほどのスペースには、真冬でも早朝から深夜まで紫煙が絶えない。

「懇意にしているお客さん何人かに聞いてみたんです。そうしたら、絶対に残してほしいと言われて……」。店舗のオーナーは弱り切った表情を浮かべる。「市のルールに違反しているわけではないので、灰皿をなくしても吸う人はいるはず。吸い殻のポイ捨てを防ぐためにも、当面残すつもりです」

灰皿撤去、セブン店舗が板挟みに 頼みは公衆喫煙所?灰皿撤去を決めた店舗には、本部が用意したお知らせを事前に張り出す

 

■本部への苦情、4倍に急増

都内にあるセブンイレブン約2700店のうち灰皿があるのは約1000店。本部は18年11月上旬からオーナーに撤去の方針を伝え始めたが、12月の時点で3割が態度を保留している。

フランチャイズチェーン(FC)のコンビニエンスストアで、店舗は本部から独立した存在だ。本部の方針とはいえ、従うかどうかは店舗が決められる。ただ、そのなかでもセブンは本部の方針が徹底していることで知られており、3割という数値は異例の高さといえる。

店頭に灰皿を残すかどうかが、なぜこれほど議論になるのか。実際にたばこを吸っている人たちに聞いてみると、「ほかに吸うところがない」3つの事情が浮かび上がってきた。

1つ目は、自治体の間で広がった路上喫煙の規制だ。立川市も08年から、立川駅など主要な駅周辺を全面禁止にした。それ以外の地域では立ち止まっての喫煙は可能だが「吸い殻を捨てる場所がないし、周囲の人の目も気になる」(50歳代の男性)のが実情だ。

規制は家庭にも及ぶ。「子供がいるので自宅では絶対に吸わないことにしている」と、ある30歳代の女性は話す。本人は知らなかったが、東京都が18年に施行した条例では、自宅であっても子供がいる部屋で喫煙してはならないと定めている。

だめ押しとなったのが、公衆喫煙所の廃止だ。かつて立川市は立川駅周辺に4カ所設けていたが、市民からの苦情を理由に一斉に撤去した。その結果、「通勤・通学の途中に必ず喫煙所で一服していた」という人たちの行き場がなくなり、コンビニの店頭に流れてきている。

冒頭のセブンオーナーによれば、約20年前の開業当初から店頭に灰皿を置いているが、当初は歩きたばこの吸い殻を捨てる程度だった。立ち止まって吸う人が目に付くようになったのは路上喫煙が規制されてから。「公衆喫煙所がなくなった3年前から、特に増えた気がする」と振り返る。

コンビニの店頭には灰皿はあっても、煙が広がらないようにするための壁や天井はない。たばこを吸う人が集まるようになれば、住民から苦情が出るのは避けられない。

セブンイレブンの本部には以前から苦情が届いていたが、18年春を境に一気に4倍に増えた。ちょうど政府が屋内の原則禁煙を閣議決定し、東京都がより厳しい条例を発表したころに当たる。「店には直接言いにくいのではないか。世の中の目が変わってきていることを実感した」とセブン―イレブン・ジャパンの村佐宣明・お客様相談室長は話す。

同社は単に苦情を記録するだけでなく、直接やり取りして詳細な背景を聞き出している。そこからは、コンビニ店頭での喫煙がどれだけ人々の日常生活に影響を与えているかが伝わってくる。

「交差点のセブンイレブンに灰皿が置いてあります。店の前に十分なスペースがないので、みな周辺の歩道にまではみ出て、たばこを吸っています。気管支が弱い私は、毎日信号を待っている間に煙で呼吸困難になります」(大阪府)

「マンションの1階にセブンイレブンが入っていて、私の住んでいる4階にまで煙が上がってきます。毎日玄関を開けると、たばこの臭いがします。灰皿を置くのであれば、煙がどこへ向かうかを考えてほしいです」(東京都)

このまま灰皿を容認し続ければ、企業として喫煙を奨励していると受け取られかねない。「もう放っておけない」。そんな危機感がセブン本部を動かした。まず東京都から撤去することにしたのは、20年の五輪に向けて禁煙の意識が高まることが予想されるため。態度を決めかねているオーナーに対しても、粘り強く説得する考えだ。

■簡易な喫煙所、撤去相次ぐ

もっともセブンイレブンの店頭から灰皿がなくなったとしても、根本的な解決にはならない。喫煙者は吸える場所をほかに求める可能性が高いためだ。そこで苦情が出れば、また別の場所に移る。灰皿のないところでは、ポイ捨てでゴミが増えるどころか、火事になることだってあり得る。

日本の喫煙規制は世界でも特異だ。子供のやけどやポイ捨てを防止するため、屋外での規制が先行した。いまや東京都内のほどんどの自治体が路上喫煙を制限しているが、海外ではそうした規制は少ない。一方、遅れていた屋内については20年の東京五輪をきっかけにようやく原則禁煙となる。東京都の場合、飲食店の8割以上が対象だ。吸えるところはほとんどなくなる。

そこでクローズアップされるのが、煙が外に漏れ出さないようにした公衆喫煙所だ。東京都は屋内を原則禁煙にするのに合わせて、市区町村が喫煙所を設置する際には全額を補助金で支援することにしている。箱状の密閉タイプなら最大1000万円、周囲を壁で囲むタイプは同600万円だ。

これまで都内の自治体の多くは、路上喫煙の禁止に合わせて囲いのない開放タイプの喫煙所を設けてきた。だが住民の苦情を受けて、撤去に追い込まれるケースが相次いでいる。調布市は調布駅前にあった市内唯一の喫煙所を18年10月に廃止。武蔵野市は14年までに吉祥寺駅、三鷹駅などに5カ所あった喫煙所をすべてなくした。立川市もその一つだ。

今後は、自治体がそうした簡易な喫煙所を重装備に切り替えられるかが焦点となる。都の支援があるとはいえ、喫煙者のためだけに多額の税金を投じることには異論が多い。開放タイプなら高架下の歩道でもよかったが、密閉タイプは専用の場所を確保しなければならない。

ある自治体の担当者は「駅周辺には十分なスペースがないし、密閉したからといってわずかでも煙が漏れれば苦情が出る。設置は現実的に難しい」と明かす。迷走する日本の喫煙規制。セブンイレブンの灰皿は、そのひずみが覆い隠せなくなってきていることを示している。