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イラキコバタ   イラキコバタ
加納 沙理
 

 

 

   

 

のぞみ

これだけベタベタ張ったのにまるで ききめなし。
 

 

 

かなえ

タバコってそんなに美味しいのかな あ。絶対やめられないってお父さんは 言うけれど。

   

 

のぞみ

このごろ私達が、「タバコくさい」って、何回もしつこく言うから、お父さん、しかたなく自分の部屋で吸っているけど、お父さん小さくなってかわいそう。
 

   

 

かなえ

お姉ちゃん、同情は禁物よ。だって 自分だけでなく、周りの人の健康にも害になるタバコを、ストレス解消のために吸うなんて、なさけないじゃない。
 

 

 

のぞみ
 

そうよね、強い意志でやめた人もた くさんいるものね。

 

 

 

かなえ

 

お父さんがタバコをやめないのなら、 タバコを嫌いになる方法を考えれば いいんだ。

 

 

のぞみ

 

ねえ、私、何かで読んだことあるん だけど、イラキコバタという草を、 お茶のようにしてのむと、タバコを 吸いたくなくなるんですって。

 

 
       
 

かなえ

なーに? そのイラキコバタって。へんな名前。
 
 
 

のぞみ

なんでもエメラルド色をした、とても上品な香りのする草らしいわ。
でも、今だにそれを見つけた人はい ないみたいで、どこに咲いているのかもわからないんですって
 
 
 

かなえ

ねえお姉ちゃん、それさがしてみよ うか。私達二人で。やってみる価値はあるんじゃない?……
 
 

 


あくる朝、二人は置き手紙をして、未知なる草、イラキコバタをさがしに旅に出ました。

手紙を読んだお父さんとお母さんはびっくりぎょうてん!!  とくにお父さんの胸ははりさけんばかりです。

お父さんは(心の中で)

「そんなに子ども達はタバコのけむりになやまされていたのか…」と、改めて気づくと同時に、胸がいたみました。

 


 
       

 

のぞみとかなえは、森のはずれの古いかしの木に住む、もの知り博士のふくろう、うろくふおばさんのところへやって来ました。
 

 

 

のぞみ
かなえ

うろくふおばさん、うろくふおばさん。

 

   

 

二人が呼んでも、うろくふおばさんはきょろきょろするばかりで、二人に気づかぬ様子です。かなえが手をメガホンの様にして、大声で呼んで、やっと気がついてくれました。    

 

うろくふ
おばさん

ごめん、ごめん。わたしも年をとったものじゃあ。自慢の目もすっかり弱くなってよう見えん。 …ふんふん、なんじゃて?
イラキコバタ? ずいぶん変わった名前だねえー。
うーん、わたしがまだ若い頃の事じゃて、そんな名だったか忘れてしまったが、エメラルド色をした、それはもう香わしいにおいの草がある、というのを聞いた事があるのう。
 

 

 

かなえ

ねえ、その草どこにあるか教えて下 さい。
 
 

 

うろくふ
おばさん

う〜ん。わたしも年をと ったで思い出せん。向こうの山を二 つこえた海辺に住む、かめのましらうじいさんなら知っておるかも知れん。
 
 
 

のぞみ

ありがとう、うろくふおばさん。 この双眼鏡使って下さい。ご不自由 のようですから。  

 

うろくふ
おばさん

なんて優しい子なんじゃ。 そうじゃった。その草は、なんでも優しくて思いやりのある子どもにしか、見つけられない草じゃったと思う。
君らならさがし出せる。がんばるん じゃぞ。
   

   


 


二人は海がめの、ましらうじいさんの所へ行ってみることにしました。しかし二つの山はそれぞれけわしくて、子ども二人の足でこえるのに5日もかかりました。のぞみは、かなえが疲れたと言ってはおぶり、足がいたいといってはおぶってやり、やっとのことでたどりついたのでした。
 

 
 

のぞみ

ねえ、ましらうじいさん、こんにちは。さっそくだけど、イラキコバタ という草を知ってたら教えてください。
 
 
 

ましらうじいさん

イラキコバタ? イラキコバタねえ。
ああ、あっ、あの香しい草のことか。知っておるぞ。でも教えないよ。
 
 
 

かなえ

お願い。私達どうしてもそれをさが し出してお父さんにのませたいの。 お父さんは一日五箱もタバコを吸う のよ。絶対体にいいわけないわ。 それに、私たち子どもだって、一緒に吸ってるわけだから、これ以上、あのけむりをすいたくないの。
 
 
 

ましらうじいさん

それではわしと、あの向 こう岸まで泳いで競走じゃ。わしに 勝ったら教えてあげよう。
 
 

 

二人は水泳教室で何年も習っていたので泳ぎは得意でしたが、海ではまだ泳いだことがありませんでした。妹をおぶって、けわしい山をこえてきたのぞみの足は、きずだらけで血がにじんでいました。
 

 
 

かなえ

お姉ちゃんにおんぶしてもらって、 楽してきたから、私が挑戦するわ。
 
 
 

のぞみ

 よーいどん
 
 

 


一匹と一人は同時にスタートをきりました。

年をとったとはいえ、ましらうじいさんは海の上をスイスイ泳いで行きます。
かなえはどうも海の波にのりきれません。海の水をたくさんのんでしまって、くるしい戦いになりました。

しかし、勝たなければイラキコバタの咲いている場所を教えてもらえないのです。 負けるわけにはいきません。しかしそこは若さで、少しずつすこしずつ差をちぢめていきました。
あと二十メートルでむこう岸に着くというとき、かなえは、とうとうましらうじいさんを抜かしました。
のぞみは飛びあがって声援を送っています

あと十メートルという時、ましらうじいさんの様子がおかしいのです。苦しそうな表情です。
のぞみがうしろの方から何かさわいでいるので、かなえがふり返ってみると、ましらうじいさんの顔は紫色です。

かなえは少しもためらわず、勝ち負けを忘れ、もどってじいさんを助けました。のぞみも足のきずを忘れ、とびこんでいました。

 


 

 


のぞみとかなえに助けられ、向こう岸に着いたましらうじいさんは、少し休んでから、
 

 
 

ましらう
じいさん

わしはなあ、向こう岸の ばあさんの墓まいりをしたかったん じゃ。

五年前に行ったのが最後で、 この頃はもうすっかり年をとってし まい、自分だけで渡る自信がなくて、 君たちを利用したんじゃ。

ばちがあ たっておぼれそうになってしまった が、君たちのおかげで助かった。あ りがとうよ。

ところで、君達のさがしているイラキコバタは、心の優しい思いやりの    ある子しか見つけられない草なんじゃよ。

二人とも優しい子じゃて、きっとさがし出せるじゃろう。イラキコバタ    は、満月の翌日、空に虹がかかった時、しかもその虹の緑色の下にしか咲かない草なんじゃよ。

ちょうど今日の夜は満月だから、明日虹がかかるといいのう。

 

 
       

 

翌日、二人は空ばかり見上げていました。 今日、虹がかからなければ、次の満月まで待たなければなりません。

しかも虹が出ている間にその草を見つけなければ、消えてしまうのですから、のんびりもしてられないのです。

 きのうの満月の夜は、森じゅうの動物たちとおそくまでおどったり歌ったりしたので、二人ともいねむりをはじめました。

と、ポツンとおでこに一つあたったものがありました。
雨です。にわか雨です。

二人はぬれるのもかまわず、虹がかかるのをひたすら祈りました。

祈りが通じたのか、しばらくして雨はやみ、西の空にくっきりと美しい七色の虹がかかりました。

 

 
       

 

二人はおもわず緑色めざして走り出しました。

あの緑色の下に香しいエメラルド色の草が咲くんだ。

二人は走りました。
走りに走って、息が切れるのもかまわず緑色の下をめざして走りつづけました。

するとどうでしょう。とてもさわやかな、そしてとてもなつかしいような、何とも言えない香りがただよってくるではありませんか。

ましらうじいさんの言ったとおり、エメラルド色のイラキコバタの草が一面に咲いているのです。なんて上品な色なんでしょう。そしてなんてかれんなんでしょう。

二人はぼうぜんと見とれていました。
誰も見たことのないイラキコバタの草が、今、目の前にあるのです。
 

二人の胸にこみあげてくるものがありました。
 

 

 

 


のぞみもかなえも、今までの苦労なんかどこかへふっとんでしまいました。

のぞみがあざやかなエメラルド色の草に手をのばし、かなえがイラキコバタに顔をちかづけた瞬間です。

パッと消えてしまったのです。二人はおもわず目をパチクリして顔を見合わせました。そして空を見上げました。美しい七色のにじは、もう消えていました。

 


 
 

かなえ

お姉ちゃん、見とれているうちに消 えちゃった。
 
 
 

のぞみ

あ〜あ、そんなぁ。
 
 
 

かなえ

 まだつんでいないのに……。
 
 
 

のぞみ

……。


 

 

       
 

かなえ

泣きたくなっちゃう。
 
 
 

のぞみ

 ……。かなえ、でも、また来月くれ ばいい。虹が出なかったら、そのま た次の月にくればいいじゃない。
 
 
 

かなえ

でも、何だか夢の中の出来事だった ような気もする。

 
 
 

のぞみ

あれは夢ではないわ。だって二人と も見たんだもの。

 
 
 

かなえ

そうよね。私、安心したら、なんだかすごく家へ帰りたくなっちゃった。

 
 
 

のぞみ

お父さんもお母さんも、きっとずい 分心配しているわ。早く帰りましょ。
 
 
 

かなえ
 

うん。

 
 

 


二人が玄関のドアを開けると、お母さんの得意なアップルケーキのにおいがしました。
 

 
 

のぞみ
かなえ

ただいま!!
                           
二人は元気よく言いました。  
 
 

 

お父さんもお母さんも飛んできて、二人の無事をなみだを流してよろこびました。

お父さんは「お前達に報告することがあるぞ」と言って胸をたたくと、お母さんがすかさず、「お父さんはあんたたちが出かけたあと一本もタバコを吸っていないのよ」とつけ加えました。
 


 
 

のぞみ

本当? 私たちイラキコバタをつんでこれなかったけど、この旅は決    してむだではなかったのね。
 
 
 

かなえ

よかった。お父さん、 ばんざーい !!    


                        

(おわり)

 

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