労働安全衛生法の改正と労働基準署の指導

                         弁護士              谷     英 樹


この訴訟では、全国で初めての勝利的和解ということとともに、もう一つ、労働基準監督署が多坂市電車部に対して「分煙」の指導をするという貴重な先例を残すものとなった。 これが、分煙の実現と和解の実現に少なからぬ影響を与えていると考えられる。

労働基準監督署が指導したのは、労働省が定めた「快適な職場環境に形成に関する指針」に基づくものである。

1992年7月、労働安全衛生法が改正され、「快適な職場環境」の実現が法律上要求されるようになった。そして、その具体的な内容として「快適な職場環境に形成に関する指針」が労働省から発表され、さらにその詳細な解釈を示した労働基準局長通達がだされた。それによると、職場に「たばこの煙を不快と感じる労働者がいる場合」には、「喫煙村策をとらなければならず」、その具体的な内容としては、喫煙場所を設ける、喫煙タイムを設定する等である、とされることとなった。

私たちは、こうした明快な「指針」があるにもかかわらず、電車部がまったく喫煙村策をとろうとしないのは労働安全衛生法違反にあたるとして、仮に法違反にならないとしても、法律上労働大臣に認められている指導権限を行使して 電車部を指導することを求めて、まず多坂西労働基準監督署に申告した。この申告については記者会見で発表したが、この種の申告が全国ではじめてであったこともあり、マスコミ各社はこれを大きく報道してくれた。

この申告に対して、労基署は法律違反にはあたらないという立場を崩さなかったものの、労基署と弁護団との間の何度かの折衝の後、最終的には、1993年4月14日、電車部の担当者を呼んで、「指針」について説明したうえ「喫煙対策について善処されたい」との指導をした。

電車部は、労基署のこの指導のあと、仁志さんを新しい庁舎の職場に配転し、この新庁舎の執務室を事実上禁煙とする措置をとったが、電車部の担当者は労基署の指導もこの措置のひとつの要因となっていることを認めている。

これが電車部を動かす要因となったことは間違いないであろう。

たばこによる健康被害、とりわけ受動喫煙の影響についての社会的関心が高まり、かつてのように、いつでも、どこでも喫煙は自由という考え方はもはや通用しなくなっている。労働省が職場の喫煙対策を盛りこんだ指針を策定したのも、そうした社会的な意識の水準を反映しているものと考えられるが、それは、職場の分煙を求める私たちにとって大きな武器となることは間違いない。
これを大いに活用していただきたいと思う。