受動喫煙防止法の廃案が逆に飲食店を苦しめる?

12/28(木) 7:00配信  ITmedia http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1712/28/news018_3.html   


 厚生労働省が受動喫煙防止法案(健康増進法改正案)を巡り、30平方メートル以下の飲食店に限って喫煙を認める従来方針を改め、150平方メートル以下を喫煙可とする代替案を検討している。

 150平方メートル以下が喫煙可能になると、大半の飲食店で喫煙できることになってしまうため、この代替案が通った場合には、受動喫煙防止法は事実上、廃案になったことと同じになる。同省は東京オリンピックを契機に、先進各国と同レベルの受動喫煙対策を実施したいとの意向を持っていたが、飲食業界を中心に反対意見が根強く、これに抗しきれなかった格好だ。

 日本は公共の場で喫煙ができる数少ない先進国だが、喫煙率はもはや18.2%しかない(JT調べ)。若い世代の喫煙率に至っては毎年、着実に低下しており、近い将来、国民のかなりの割合が非喫煙者となるのはほぼ確実といってよい。だが、受動喫煙防止法が廃案、もしくは骨抜きになった場合には、飲食店の環境と国民の生活習慣には大きな乖離(かいり)が生じることになる。

 これまで非喫煙者は、店舗が喫煙可あるいは分煙が不十分であっても、他に選択肢がなく、たばこの煙を受忍するという形で飲食店を訪れていた。だが近年、テクノロジーの発達によって飲食店の利用者に新しい選択肢が提供されるようになった。それはデリバリーの利用である。

 以前から日本の外食産業の一部には「出前」というシステムがあり、自宅などへのデリバリーが行われていた。だがネットやスマホの普及によってサービス内容が大きく変わってきたのである。

 利用者はスマホを使ってあらゆる出前を一気に検索し、決済までできるようになった。しかも、自宅には(スマホやPCに入れた)YouTubeやNetflixといった豊富なコンテンツサービスがそろっている。わざわざたばこ臭い飲食店にいかなくても、自宅で食事やパーティを楽しめる環境が整っている。

●今後もデリバリー市場は拡大する

 自宅へのデリバリーの普及によって、居酒屋やバーといった業種がすぐに縮小するとは考えにくい。だがシェアリングエコノミーやAI(人工知能)技術の発達を考えると必ずしもそうとは言えなくなってくる。

 もしデリバリーによる飲食市場が拡大する見込みが大きくなった場合、ビルの空き室や空家など、いわゆる有休不動産をパーティールームに改装するケースも増えてくるだろう。ネットのインフラを活用すれば、こうしたパーティールームを検索して予約することはいとも簡単に実現できるし、AIを使えば、デリバリーと場所の確保を同時に行うこともたやすい。既存の飲食店から根こそぎ顧客を奪ってしまうという話もあながちうそではなくなってくるのだ。

 社会のネット化が進むとデリバリー市場が拡大する。これは各国共通の現象といってよい。米国では、好景気が続いているにもかかわらず、レストランの売り上げが鈍化するケースが目立つようになっており、外食産業は相次いで宅配メニューの強化に乗り出している。

 日本でも市場の流れに敏感な企業はすでに動き始めている。

 配車アプリ大手の米Uber(ウーバー)は、外食のデリバリービスである「UberEATS(ウーバーイーツ)」を、楽天も同様のサービスである「楽びん!」を提供している。LINEも2017年7月から、アプリ内で飲食店の出前メニューを注文できる「LINEデリマ」をスタートさせた。

 例えばウーバーイーツは、大学生などが空き時間を利用してアルバイトとして料理を運んでおり、都心部では自転車シェアリングのサービスをフル活用している。こうしたやり方であれば、事実上、無制限に業容を拡大することが可能であり、市場規模の拡大に合わせて柔軟な運営ができる。こうしたアルバイトの勤怠管理や、誰にどの料理を運ばせるのかといった判断はAI化によってさらに高度化するだろう。

 吉野家やマクドナルドなど、飲食店の側も宅配メニューを強化している。近い将来、宅配サービスにうまく対応できた企業とそうでない企業には大きな差がついているはずだ。

●全ての話は密接につながっている

 スマホが普及したことや、シェアリングエコノミーという概念が登場したこと、あるいはAI技術が進歩したことは、それぞれが独立した話であり、直接の関連性はない。

 だが、新しい技術やサービスを背景にした一連の動きは、全て密接につながっていると考えた方がよい。つまり飲食のデリバリーへのシフトは単なる流行ではなく、構造的変化である可能性が高いということである。

 もしそれが事実だと仮定した場合、受動喫煙防止法を事実上、廃案にしてしまうことは、従来型の外食産業に対して致命的な影響を与える可能性がある。

 企業の経営は、現状と3年後、10年後を同時に考えなければならない。確かに一部の飲食店は、禁煙化することで顧客が減るかもしれない。だがそれはあくまで部分的な話であって、全体の動きとは異なる。

 こうした飲食店の経営が立ち行かなくなることが問題なのであれば、むしろ一時的な支援策を講じるなどの措置を検討した方がずっと効果的である。

 受動喫煙防止法の事実上の廃案という一種のガラパゴス的な決断が、新世代デリバリーサービスの普及を促すのであれば、それはそれで良いことかもしれないが、既存の飲食店が大打撃となるなら、これほど皮肉な話もないだろう。

(加谷珪一)