時論公論「混迷する受動喫煙対策」土屋敏之解説委員
2017.03.02 Mediacrit http://o.x0.com/m/446345
生字幕放送でお伝えします
こんばんは。
きのう、厚生労働省は、受動喫煙防止の立法化を目指す新たな案を公表しました。
国際的に求められている、原則屋内禁煙の実現に向けたものですが、去年秋に示した当初の案が飲食店業界などから、激しい反対を受けたことも踏まえ、新たな案はより緩やかな内容になっています。
それでも法規制自体に反対の声も強く、なお難航が予想されます。
そこで今夜はたばこのない五輪の波紋。
最低レベルの日本の受動喫煙対策。
そして国民の命をどう守る?この3つのポイントから、混迷する受動喫煙対策がどうなるのか考えていきます。
他人のたばこの煙を吸い込む、いわゆる受動喫煙。
これが激しい議論になったきっかけは、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催決定です。
IOCとWHOは、2010年にたばこのない五輪を推進することで合意しています。
そして近年の開催国は2012年のロンドン、2014年ソチ、そして2016年のリオでも、国全体で公共の屋内は禁煙にしていました。
公共のというのは、役所などのことではなく、多くの人が利用する建物すべてを指していて、運動施設やレストラン、バーなども含んでいます。
しかも喫煙室の設置による分煙も認めない全面禁煙でした。
パブで一杯やりながらたばこを吸うのが盛んだったイギリスでも、喫煙率が世界トップクラスといわれたロシアでも、法律で屋内禁煙になっているのです。
2018年のピョンチャンを抱える韓国の規制はこれよりは緩く、喫煙室設置は認め、バーのような一部の店は対象外にしています。
一方、日本には、受動喫煙の防止を義務づける法律自体ありません。
実際、居酒屋などで分煙などしておらず、隣のお客の煙を吸うことになった経験を持つ方も多いと思います。
こうした中、厚労省は、法制化を目指して、当初、欧州と韓国の中間とも言うべきたたき台をまとめました。
不特定多数の人が出入りする施設は原則屋内禁煙に。
ただし、一般の事務所や劇場、飲食店などは、喫煙専用の部屋を設けての分煙も可とする。
違反を繰り返した場合は罰金を科すというものでした。
しかし、飲食店業界などから、強い反対が相次ぎ、自民党の厚生労働部会でも反対意見が多く上がりました。
そしてきのう、厚労省は新たな案を公表したのです。
それはバーやスナックなど、主に酒を提供する小規模な店では換気などを行う条件で喫煙可とするなど、大幅に緩和された案でした。
小規模とは床面積30平方メートル以下が想定されています。
電子たばこなどについては、健康への影響を見極めたうえで、規制対象から外すかどうかを判断します。
そして施行後5年をメドに、制度全般の見直しを行うという方針です。
しかし、こうした情報が事前に流布したことで、医療、福祉、スポーツなど、全国150の団体が法案の骨抜きに反対の声を上げました。
あくまで早期の法規制は求めたうえで、さまざまな例外を認める内容では国民の健康を守れない、さらにIOCとWHOの合意にも反するという主張です。
確かに新たな案では、原則禁煙の居酒屋と小規模なら対象外のバーやスナックを明確に区別できるのか、なし崩しに喫煙可にならないかといったあいまいさも残ります。
一方で、JTをはじめとするたばこ産業。
飲食店、ホテルなどの業界団体は、各事業者の多様性や自主性を尊重すべきだと主張し、あくまで法規制自体に反対で、全国で署名運動を展開しています。
厚労省は今国会に法案を出すことを目指していますが、先行きはなお不透明です。
さて、国際的には今や、多くの人が利用する屋内は、法律で禁煙する流れになっています。
背景には受動喫煙だけでも、肺がん、脳卒中、心臓病などが増えると、科学的に明白になってきたことがあります。
WHOによると世界で年間60万人が受動喫煙によって亡くなり、厚労省は日本でも年間1万5000人が亡くなっていると推計しています。
日本ではいまだに喫煙率は下がっているのに肺がんは増えている、関係ないのではと誤解する方もいますが、肺がんの増加には、高齢化や精度の高い検査の普及で見つかる数が増えた影響が指摘されています。
また喫煙を始めてから肺がんで亡くなるまでには普通、数十年のタイムラグがあります。
喫煙によって遺伝子に変異が起こり、肺がんにつながるメカニズムも研究が進んでおり、たばこが肺がんの原因になることは、疑う余地がありません。
そして2005年にたばこ規制枠組条約が発効したのも世界的な転機になりました。
日本も締結済みのこの条約では、たばこの広告の禁止や値段を大幅に引き上げて、特に若い世代がたばこを吸わないようにすること、そして受動喫煙防止のための屋内禁煙などを、各国に求めています。
すでに世界では、49か国が屋内全面禁煙を法律で義務づけています。
国単位では色が塗られていないアメリカや中国などでも、州や都市単位では、禁煙化が進んでいます。
具体的な法規制すらない日本の対策はWHOから世界でも最低レベルと酷評されているのです。
これに対し、日本では外での喫煙を禁じる自治体の条例があるから、このうえ屋内まで禁じるのは行き過ぎだと感じる方もいるでしょう。
ただ、全国の市町村数で言えば、路上喫煙を規制する条例がある所は1、2割にすぎません。
またより煙が籠もりやすい屋内の対策を取らないままでは、受動喫煙の被害を防ぐのは困難ですので、屋内禁煙の代わりにはならないのです。
一方で、今回の対立の構図をよく見ると、それは吸う人と吸わない人の衝突とは言えない面もあります。
今や日本の成人の8割以上はたばこを吸っていません。
国民の大半は原則、屋内禁煙に賛成していることが多くの調査で示唆されています。
しかも喫煙者は皆規制に反対かというとそうでもありません。
これは製薬会社の調査ですが、全国9000人の喫煙者にアンケートしたところ、喫煙者でも3割近くが法律で国全体の公共施設を完全禁煙化をすることに賛成でした。
背景には、喫煙者の多くがきっかけがあれば、禁煙したいと答えていることもあるようです。
今回の規制案は、多くの人が利用する施設が対象で、自宅などプライベートの場は無関係ですから、喫煙者が他人がいない所で吸う権利は妨げません。
強い反対を示しているのは、主にお客が減ることを心配する産業界などです。
屋内禁煙を実施したら、本当にお客は来なくなってしまうのでしょうか。
確かに条例を定めた自治体で売り上げが減ったとする分析もあります。
一方で、法規制を行った海外で減収はなかったとする報告もあります。
2007年に屋内全面禁煙にしたイギリスでは、政府の調べで、法律施行後、パブに行く頻度が増えたという人が、減ったという人よりむしろ多く、大半の人は変わらないとしています。
もう一つ、喫煙室を設けるには費用がかかるから、零細事業者には困難で設置できない店はお客を奪われるのではという心配も挙げられています。
これは確かにある意味、喫煙室の設置を認めるからこそ、不公平が生じうるともいえます。
規制を行うのなら、なるべく例外の少ない、どの事業者にも公平なルール作りが望まれます。
その上で、喫煙者がたばこをやめられるような、禁煙治療など、医療支援の充実も対策として欠かせません。
喫煙者、非喫煙者を問わず、国民の生命と健康を守ること以上に優先されるものがあるのか。
この受動喫煙問題を通じて、政府や企業に改めて問われているのではないかと思います。
今夜はこれで失礼します。
2017/03/02(木) 23:55〜00:05
NHK総合1・神戸
時論公論「混迷する受動喫煙対策」土屋敏之解説委員[字]
厚生労働省は受動喫煙対策の修正案を公表。今の国会に提出する方針ですが、慎重論や反対意見が根強く、難航が予想されます。受動喫煙対策はどうなるか、詳しく解説します。
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番組内容
【出演】NHK解説委員…土屋敏之
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【出演】NHK解説委員…土屋敏之
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