2018.2.8 PERSIDENT Online http://president.jp/articles/-/24382
これでは骨抜き法案と批判されても仕方がない。
厚生労働省が1月30日、受動喫煙対策を強化する健康増進法改正案の骨格を公表した。今年3月にも通常国会に提出されるというのだが、昨年3月に公表された厚労省の法案から大幅に後退している。国際標準からも大きく逸脱している。
飲食店に対し原則禁煙としながら「喫煙」や「分煙」の表示を義務付けて喫煙を認めるという内容で、これだと都内の9割の飲食店が喫煙可能となる。「9割ありき」で決まった基準なのだろう。昨年3月の厚労省法案で喫煙を認める店舗は、店舗面積30平方メートル以下のバーやスナックに限られていた。
この法案について、私の知り合いの医師は「喫煙は循環器や呼吸器の病気の原因になる。海外では全面禁煙がどんどん進んでいる。時代錯誤も甚だしい」と嘆いていた。
「百害あって一利なし」というのがたばこである。喫煙は間違いなく健康を害する。年間1万5000人が受動喫煙で命を落とすとの調査データもある。分煙でたばこの煙を防げないことは、科学的に証明されている。国際的にも屋内全面禁煙が常識だ。「屋内全面禁煙」にするのが正しい。
今回、どうして法案が後退したのか。飲食店などの禁煙は本来、どうあるべきなのか。新聞各紙の社説を読み比べながら考えてみた。
2月1日付の朝日新聞は「『対策を徹底』はどこへ」の見出しを掲げ、2日前に公表された受動喫煙防止の厚労省法案について「何のことはない。規制に抵抗する自民党議員らの考えを、ほとんど丸のみした内容だ」と手厳しく批判する。
まさしくその通りである。
昨年3月に公表された厚労省法案は自民党からひどくたたかれ、国会提出もままならなかった。厚労省はどうしようもなくなり、最後は国会提出を見送った。こうした経過があるのだ。それを踏まえたうえでの朝日社説の批判は、当を失するようなことはない。
ちなみに朝日社説の書き出しはこうだ。
「『受動喫煙防止対策を徹底します』。安倍首相は先週の施政方針演説で力説した。だが、これではとても『対策』とは呼べない。出直すべきだ」
「対策とは呼べない」という指摘もその通りだし、安倍首相演説のいいかげんさがよく分かる。
朝日社説は「何をもって『分煙』と判断するかも経営者の判断に委ねられる」とも指摘し、「隣席で吸っていても分煙、という状況もありうる。分煙が不徹底な場合は、20歳未満の客やスタッフが店に立ち入るのを禁じるというが、家族連れの来訪を店側が進んで断るなど、現実にありうるだろうか」と追及する。
さらに「日本も加盟する『たばこ規制枠組み条約』の指針が求めるのは、飲食店をふくむ公共施設での『屋内全面禁煙』であり、喫煙室方式を認めていない。漏れ出る煙で、受動喫煙はなくならないからだ」といかに日本の認識が海外とかけ離れているかを解説する。
最後には次のように皮肉る。
「最近、五輪を開いた中国、カナダ、英国、ロシア、ブラジルはいずれも公共施設での屋内全面禁煙を法制化している。このままでは、東京五輪・パラリンピックで来日する人々を、紫煙で迎えることになりかねない」
「紫煙で迎える」との皮肉り方は朝日らしい嫌みでもある。
毎日新聞(2月1日付)の社説もその見出しで「これでは健康増進が泣く」と巧みに皮肉る。
毎日社説は「2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、国際オリンピック委員会と世界保健機関(WHO)から『たばこのない五輪』を日本政府は求められている」と指摘し、「通常国会への法案提出を目指すが、本来の厳しい対策へと立ち戻るべきだ」と主張する。
沙鴎一歩も昨年3月の「厳しい対策」に戻るべきだと思う。
そもそも国民の健康を守るのが厚労省の仕事である。それを忘れ、飲食業界とつながった一部の自民党議員の利権のために動くのは、止めるべきである。
毎日社説は新たに問題になっている加熱式たばこについてこう書く。
「専用の喫煙室を設置すれば食事しながらの喫煙も可能になる。『屋内禁煙』の原則は否定されたも同然だ」
加熱式たばこは煙が出ないが、発する粒子には有害な物質が多く含まれるという。その加熱式たばこを食事しながら吸うというのだから、いっしょに食事する人はたまったものではない。
東京都の対応については「独自の厳しい受動喫煙防止条例を目指していた東京都も『国と整合性を図る必要がある』と2月都議会への条例案提出を見送るという」と解説した後、こう主張する。
「最近の五輪開催国や都市はいずれも法律や条例で飲食店を全面禁煙としており、日本の対策の甘さは際立っている。東京都こそしっかり取り組むべきではないのか」
いまこそ、単刀直入にものを言う小池百合子都知事の出番だと思うのだが、どうだろうか。
最後に1月31日付の読売新聞の社説を取り上げよう。ちなみに今回、読売社説が最初に「受動喫煙防止法案」をテーマにしていた。
読売社説は受動喫煙対策の厚労省法案の内容を客観的に書いた後、「法整備の動きが再開されたことは前進だ。防止策を義務化する意義は小さくない」と厚労省法案を肯定するかのように受け取れる書き方をする。
この書きぶりを見て一瞬、さては読売、またもや政府の肩を持つ気なのかと疑ったが、すぐにその疑いが間違いだと分かった。
続いて「問題は、健康被害がどれだけ解消されるかだ」と指摘し、「今回の内容は大幅な後退だ。飲食店の規制を巡って、自民党内から当初案に猛反対の声が上がり、法案化が頓挫した影響だろう」と解説しているからだ。
さらに厚労省法案の甘さと屋内全面禁煙の必要性を次のように訴える。
「喫煙表示があっても、仕事上の付き合いなどで入店を避けられない場合はあり得る。店舗従業員の受動喫煙も残る」
「世界保健機関(WHO)は、屋内全面禁煙以外は効果がないと指摘し、喫煙室の設置にも否定的だ。飲食店やバーを含めて屋内全面禁煙を法制化した国は約50に上る」
「東京五輪を控え、日本が対策に消極的だと非難される事態は避けねばならない」
「深刻な健康被害を考えれば、屋内全面禁煙の範囲を可能な限り拡大していくことが望ましい」
朝日も毎日も読売も、足並みをそろえて厚労省の法案を批判している。飲食業界は屋内全面禁煙による客離れを心配しているようだが、厚労省はそうした業界の圧力に屈してはいけない。
ところで沙鴎一歩は20年ほど前まで1日30本以上のたばこを吸っていた。机の上に灰皿を置き、たばこを吸いながらパソコンに原稿を打つ。吸うたばこもハイライトやショートホープとニコチンやタールが多く、強いものばかりだった。指先はいつもたばこ臭く、歯の裏側はヤニで真っ黒になっていた。
しかし思い切って禁煙してからは口の中がすっきりとして朝のコーヒーがとてもうまくなった。体の調子がよくなり、前向きで仕事に取り組めるようになった。どこから考えても、だれが何と言おうと、たばこは発がん物資であり、体に悪いのである。そのたばこの害を他にまき散らす受動喫煙はもっての外である。