2018.7.26 PRESIDENT Online http://president.jp/articles/-/25740
受動喫煙対策強化を目指す改正健康増進法が7月18日、参院本会議で与党などの賛成多数で可決し、法案は成立した。
大勢の人々が集まる建物内を罰則付きで「原則禁煙」とする初めての法律である。改正法は東京五輪・パラリンピック開催前の2020年4月に全面施行される。
だが、この改正法に大きな期待はできない。例外規定によって飲食店の55%で喫煙が認められるからだ。改正法は「骨抜き法」と言っても過言ではない。
なぜ、ここまで骨抜きになったのか。
厚生労働省が昨年3月に示した原案では、例外的に喫煙を認める飲食店は「面積が30平方メートル以下」に限られていた。しかし飲食業界をバックに持ち、選挙時の票田にもなっている自民党議員が強く反発し、自らの政治権力をフルに使って自己利益の追求に走った。
とくに自民党の「たばこ議員連盟」の厚労省に対する揺さぶりは強く、厚労省の担当幹部は押し切られ、例外が「面積100平方メートル以下」まで広げられた。
他人のたばこの煙を吸い込むのが受動喫煙だ。たばこも吸わないのにがんにおかされる危険性がある。厚労省研究班の推計だと、受動喫煙が原因で年間約1万5000人もの死者が出ている。これほど理不尽なことはない。
厚労省に反発した自民党議員は、国民の健康をどう考えているのだろうか。
この連載「新聞社説を読み比べる」でも、7月3日付で「都と国の"受動喫煙防止"どちらが正しいか」との見出しで、受動喫煙対策の問題を取り上げた。
6月27日に成立した東京都条例では、従業員を雇う店すべてを規制の対象としている。厚労省試算によると、都条例では都内の約84%の飲食店で喫煙ができなくなる。国の改正法による規制では45%の飲食店で禁煙となる。この数字だけ見ても、都と国とで大きな違いが出ている。
菅義偉官房長官は7月18日の記者会見で「成立した改正法は受動喫煙対策を段階的かつ着実に前に進めるもので、その意義は極めて大きい。望まない受動喫煙をなくすべく、対策の徹底が重要だ。政府として法律に従ってしっかり対応する」ともっともらしく語った。
しかし厚労省の担当者は「国の法律をベースにして自治体が条例で対策を強化するのは問題ない」と説明し、都条例への期待を示した。
国の規制がどこまで都のそれに近づくことができるのか。厚労省の官僚が、自民党議員の攻撃をかわすことができるか。今後の厚労省の腕も見せどころだ。
それにしても受動喫煙対策がここまで歪められた背景には、やはり「安倍1強」という政治情勢があると思う。
反発した自民党の国会議員たちは、官邸中心の政治、つまり閣僚ら政治家が霞が関の官僚を支配する政治の勢いに便乗して厚労省を脅した。悲しいかな、そこには国民の健康を守る意識のかけらもなかった。
新聞各社の社説はどう書いているのか。
7月19日付の朝日新聞の社説は冒頭でこう厳しく指摘する。
「他人のたばこの煙を吸わされ、知らないうちに健康がむしばまれる。そんな理不尽な話はいつになったらなくなるのか、疑問は残ったままだ」
沙鴎一歩も受動喫煙に対しては「理不尽」という言葉をよく使う。受動喫煙の被害は理不尽としか言いようがない。
さらに朝日社説は返す刀で「規制の強化に反発する自民党の抵抗で、対策の多くが骨抜きにされた、いわくつきの法案である」とも批判する。
続けて「焦点となった飲食店の扱いでは、個人や中小企業が営む既存の小規模店での喫煙が当面認められた。全国の半数以上の店がこれに当たるというから、『屋内禁煙』の原則と例外が逆転していると言わざるを得ない」
朝日社説の指摘の通りで、まったく「原則と例外が逆転」とはいい得て妙である。
ただし受動喫煙対策を強く求める朝日社説でも「それでも、今よりは公共施設の環境は改善される。小さな一歩ではあるが、これを足場に次のステップに進むしかない」「『屋内全面禁煙』という世界標準に近づくための、継続的なとり組みが求められる」などとややトーンが落ちるところがある。
そこで言いたい。あくまでも国際基準は「屋内全面禁煙」である。英国やカナダなど55カ国は、医療機関、大学、飲食店、バー、交通機関など8つの場所についてすべて屋内禁煙としている。
たとえば改正健康増進法や都条例のように飲食店に専用室を設けて喫煙したとしても、専用室に出入りして仕事を続けなければならない従業員は、受動喫煙の被害に遭う。それに従業員や喫煙客がドアを開けたときには、ニコチンやタール、一酸化炭素などの有害物質を含んだたばこの煙は漏れ出る。
細菌やウイルスなどの病原体を扱う実験・研究施設のように陰圧にして外部に空気が漏れないようにすれば問題ないが、それだと設置費用がかかり過ぎる。理不尽な受動喫煙を防ぐには、屋内全面禁煙しかないのである。
リベラル派の朝日社説に対し、保守の本道をいく読売新聞の社説はどうだろうか。
7月19日付の読売社説は「他人のたばこの煙を吸い込む受動喫煙の規制強化は、世界的な流れだ。2020年東京五輪へ向けて、対策を着実に前進させたい」と書き出す。まずまずの書きぶりである。
読売社説は改正法を解説していく。
「学校や病院、行政機関は敷地内を禁煙とする。屋内は全面禁煙で、屋外の喫煙所設置は認める。飲食店やオフィスは屋内禁煙が原則だが、喫煙専用室を設置できる」
「喫煙可能部分には、従業員を含む20歳未満の立ち入りを禁じる。度重なる違反には罰則を科す」
「現行の受動喫煙対策は、努力義務にとどまる。罰則付きの防止策を導入する意義は大きい」
意義はあるかもしれないが、前述したように骨抜き法であることに変わりはない。読売社説にはそこを的確に批判してほしかった。
さらに読売社説は「受動喫煙による健康被害は、各種の調査研究で明らかになっている」と指摘し、「世界保健機関(WHO)は、屋内全面禁煙だけが有効な対策だとして、喫煙室設置にも否定的だ。飲食店やバーを含めて屋内禁煙を義務化したのは55か国に上る」と解説する。
そのうえでこう主張する。
「国際標準から見れば、改正法の内容は見劣りする。飲食業界は禁煙による客離れを懸念するが、親子連れなど新たな客層の来店が増えた例もある。健康被害防止への理解を広めつつ、段階的に屋内全面禁煙の範囲を拡大したい」
読売社説の主張は一歩一歩、国際基準に近づくことを求めているが、「小さな一歩から前へ」という見出しを掲げ、「小さな一歩ではあるが、これを足場に次のステップに進むしかない」と書く朝日社説と同じ主張である。
左の朝日も右の読売も受動喫煙対策に関しては、主張が同じところがおもしろい。ただどちらも沙鴎一歩には生ぬるいと思えるのだが、いかがだろうか。
なぜ朝日と読売の主張が似通うのか。新聞社の記者も含めてたばこの害に鈍感な輩が多いからだろう。その結果、日本のたばこ対策が遅れてしまっているわけだ。