2018.2.19 07:00 AERA.dot https://dot.asahi.com/dot/2018021800030.html?page=1
「受動喫煙防止法案」が骨抜きにされる可能性が濃厚だ。このままでは、屋内での喫煙が事実上野放しとなり、2020年のオリンピック・パラリンピック(オリパラ)で、我が国は、「喫煙天国日本!」として世界に恥をさらすことになるだろう。
問題は内容だけではない。時間的にもほとんど手遅れになりそうな状況だ。オリパラとそれに先立って来年に開催されるラグビーのワールドカップに間に合わせるためには、本来は昨年の夏に成立させても遅いと言われていたのだが、これまで安倍政権はずるずると結論を先延ばしにしてきた。
では、ここまで遅れた原因は何か。
少なくとも、やるべきことがわからなかったということではない。
まず、受動喫煙が健康に深刻な被害をもたらすことは様々な科学的なデータが証明している。受動喫煙は肺がんになるリスクを1.3倍高め、日本では年間1万5000人が亡くなる。また、こうした健康被害による医療費は年間3000億円だ。国の財政、すなわち、国民の財産にも大きな損害を与えている。
したがって、受動喫煙ゼロを目指すことは、オリパラがなくても、日本にとって議論の余地などない政策課題だと言っても良いだろう。
次に、国際オリンピック委員会(IOC)も世界保健機関(WHO)も「たばこのない五輪」を求めている。最近のオリンピック開催国(カナダ、英国、ロシア、ブラジル)は飲食店を含めて「屋内禁煙」を法律や条例で定めた。これまでに屋内禁煙を法制化した国は40カ国以上だ。オリンピックを開催するのに屋内禁煙を実施できないということになったら、日本は世界に恥をさらすようなものだ。17年4月に訪日したWHO幹部は、喫煙室を設けて分煙したつもりでも煙が漏れ出るのを完全には防げないという科学的データを示して、「完全禁煙」を強く要請したそうだ。日本に対する強烈な警告と見るべきだろう(詳しくは17年6月19日の本コラム「安倍首相に見捨てられた塩崎厚労相の最後の頼みは小池旋風」参照)。
世界中に例があるのだから、それを後追いする政策を作るのは簡単だ。創造力はなくてもものまねはうまい日本の官僚の最も得意とするところだから、法案を作ることなど1週間もあれば十分だろう。
それにもかかわらず、未だに法案の内容が決まらないのは、安倍政権にやる気がないからである。
●利権至上主義の安倍政権には本気の対策はできない
安倍総理にやる気がない理由は極めて単純だ。
利権を守ろうとする既得権集団と闘うのが怖いからだ。
既得権集団としては、まず葉たばこ農家が挙げられる。年々数が減って今やその数は6000を切ってしまったが、「全国たばこ耕作組合中央会」はたばこ需要が減少するようないかなる動きにも一体となって強力な政治的反対運動を展開する。
次にJTとそれと一体となったたばこ販売業界がある。彼らが反対するのはいわば当然のことだ。
そして、今回最大の焦点となっているのが飲食店業界だ。全国津々浦々にあって自民党議員を支える重要な票田である。中小零細規模の店が多く、受動喫煙防止のために、分煙を義務付けられるだけでもそのやり方によっては深刻な負担がかかり、とても対応できないというところが多い。今回も非常に強力な反対運動(正確に言うと、分煙規制の骨抜き要求)を展開している。
そして、利権集団として忘れてはならないのが、財務省だ。政策面からは、たばこの売り上げが減ると、たばこ税の収入が減るから困る。財政再建の観点から、あまり厳しい規制には反対だ。
さらに、そうしたまじめな政策面よりも、たばこ関連業界のドンであるJTが財務省にとって重要な天下り先であるということの方が実は重要だ。JT歴代トップは原則財務省(大蔵省)事務次官OBだ。給料も高く財務省としては重要な天下り先の一つである。したがって、JTが本当に困ることは、財務省が許さない。JTを敵に回すと、同時に財務省を敵に回す可能性が高いのだ。
さらに、こうした既得権集団と結びついた族議員も厳しい規制の導入には反対している。
財務省や政治家を除いても、これらの反対勢力が束になると侮れない力を発揮する。葉たばこ農家、たばこ販売業界、飲食店業界などの組合が共同で実施した今回の受動喫煙対策の骨抜きを要求する運動でも、全国で120万筆の署名を集め存在感を示した。
「改革」を標榜する安倍政権だが、実際にはその成果はほとんどない。今回の受動喫煙防止法案の内容が骨抜きになれば、またしてもその利権至上主義の性格を露呈したということになるのだろう。
●昨年の法案提出先送りの言い訳に盟友切りで対応する安倍総理の姑息さ
では、現在考えられている政府の受動喫煙防止法案はどれくらい骨抜きなのだろうか。
IOCやWHOが求めているのは受動喫煙ゼロである。これは事実上「屋内完全禁煙」という意味だ。現在、日本で実施されている非常に緩やかな分煙は、WHOによる受動喫煙対策の評価では、4段階で一番下のグループである。
これに対して、厚労省が昨年3月に示した対策は、床面積30平方メートル以下のバーやスナック以外は喫煙専用室を設ければそこだけは喫煙可とするが、それ以外は禁煙というものだった。この厚労省案でもWHOの評価では4段階の下から2番目に上がるに過ぎない。本来は完全禁煙にすべきなのだ。
一方、自民党は、そもそも受動喫煙ゼロを目指すという原理原則を認めていない。昨年に示した対案は、面積100平方メートル以下の飲食店では、客も従業員も20歳未満を立ち入り禁止としたうえで「喫煙」「分煙」などの表示をすれば、喫煙を認めるというものだった。
しかし、これでは、東京都で見れば、約85%が喫煙可となってしまうと批判を浴びた。
ちょうどその頃、東京都の小池百合子知事が受動喫煙対策を7月の都議選の争点化を狙って公約に掲げた。
秋の解散総選挙を思案していた安倍総理は、都議選と衆院選のことを考えて、評判が下がる骨抜き案を決めるのは得策ではないと考え、先送りを決断し。先送りすれば強い批判は起きない。安倍総理お得意の姑息なやり方だ。
しかも、安倍政権が利権に負けたという批判を抑えるために、あろうことか、先送りの理由を安倍総理の盟友とも言われた塩崎恭久厚労相(当時)に人格的な問題があり、与党との調整が混乱に陥ったことだという情報を意図的に流していた。
●それでもなお続く姑息なお化粧作戦
一方、今年は大きな選挙がない年だ。だから骨抜きだと思われてもかまわないということなのだろうが、それでもなお、最後まで姑息な「お化粧」で、少しでも自民党がこの問題に前向きだという印象を与えようとしているようだ。
当初、厚労省は例外を認める飲食店の面積を150平方メートル以下に拡大するという方向性を打ち出した。この案では、東京都では約90%が例外になるというから非常に緩やかに見える。完全に利権に負けたということで、昨年の厚労省案からは大幅後退である。そして、骨抜き批判が出て来ると、面積の基準を100平方メートルに縮小すると言い出した。それだけ聞くと大幅に厳格化するように聞こえる。
しかし、よくみると、当初の150平方メートルは店舗面積で、現在調整中の100平方メートルは客席面積だという。元々150と言っていたのは、客席100平方メートルに厨房50平方メートルを加えた合計の店舗面積150平方メートルという計算だったので、実態は変わらず、150から100への変更は「縮小」でも何でもない。それでも表向き例外の面積をより小さく見せることで、少しは騙される人もいると考えているようだ。
もう一つのまやかしは、つい先月までは、例外を認める対象が、東京都で85%とか90%という議論をしていたのに、ここにきて、厚労省が、東京都ではなく、全国の数字を強調し始めた。厳格な規制の例外になるのは、全国で見れば最大で55%、逆に言えば、規制対象が45%になるということだ。全国に広げれば、地方では広い店が多いので規制対象の割合が増えるのは当然。規制の実態は同じなのに、説明の仕方で見栄えを良くしようという計算だ。
しかし、全国で見るのはもちろん重要だが、東京オリパラという観点も同時に重要だ。
そもそもIOCの要請にこたえるという点では、開催都市東京で9割を例外扱いするというのではほとんど意味をなさない。
ちなみに、加藤勝信厚労相は元財務官僚。たばこ利権の擁護者であり、かつ官僚の姑息なテクニックにもたけている。今回の局面ではある意味「最適任者」を安倍総理は任命したということになる。
●都議選対策に受動喫煙対策を使った小池都知事も姑息な逃げか
こうした安倍政権の姑息な動きに対して、オリパラ開催都市東京都の知事である小池氏はどう対応しているのだろうか。
昨年夏には、都議選を前にして、小池氏が代表を務めていた地域政党「都民ファースト」の公約に受動喫煙対策条例の制定を加えた。人気取りそのものだ。その後、実際に条例を作るかと思ったら、昨年9月にお題目を掲げただけで実際には何の役にも立たない「基本条例」的なものを作っただけ。本来は少しでも早く制定しないと対策をする飲食店などが困るのがわかっていながら、本格的な条例提出を今年の2月議会まで先送りした。
東京都が昨年示した条例案では30平方メートル以下のスナックやバー以外の飲食店は原則禁煙とするもので、分煙を認める時も従業員の反対があったら認めないなどという厳しい内容のものだった。
そこまで準備したのだから急いで条例を制定するのかと思ったら、おそらく関連業界の反対が予想外に強いことを感じたのだろう。政府の法案との調整が必要という理由で条例案の提出をさらに先送りするということにしてしまった。
政府の法案との調整などしていたら東京都の条例も骨抜きになるのは必至。最初からこうなるのはわかっていたのに、何を今さらという感じだ。
おそらく、安倍政権の動きを見極めながら、自民よりは少し前向きという内容でお茶を濁すのか、世論が規制強化を求めて盛り上がるなら、それに乗って当初案で戦うのかを見極めているのではないだろうか。
あるいは、このままさらに時間を空費して、「時間切れで、厳しい対策を実施するのは大混乱になるのでできません。こうなったのは、安倍政権の法案が出て来るのが遅くて混乱回避のための調整ができなかったからです」という言い訳で条例案を骨抜きにする作戦をとっているのかもしれない。
如何にも姑息な印象だが、小池都知事のことだから、そんなこともないとは言えない。
●先進国になれない「利権至上主義国家」日本のリーダー
このままでは、骨抜きの受動喫煙防止法案が国会に提出されることになる。
現在、超党派の議員で、昨年の厚労省案に近い法案を提出しようという動きが出ているが、まだ少数派だ。
世論がどこまで盛り上がるかが最大のポイントになりそうだが、大きな選挙のない年に結論を出す時期を持ってきた安倍総理の作戦勝ちになるのか。
一方、超党派議連の最後の動きをにらみながら、小池知事がここで安倍政権と対峙する姿勢を示すのか。
そして、安倍・小池両氏の姑息な人気取りと言い訳の手法がどんなものになるのか。
いずれにしても、日本の政府を代表する安倍晋三総理と首都を代表する小池百合子東京都知事はともにポピュリストとしての「姑息なテクニック」を競う展開になっているのが何とも情けない。
いつになったら、日本は、真に「人にやさしい」先進国型のリーダーを見出すことができるのだろうか。