(時時刻刻)受動喫煙ゼロへ一歩 改正法成立、20年全面施行

2018年7月19日05時00分 朝日 https://digital.asahi.com/articles/DA3S13593826.html?iref=pc_ss_date 

      関連記事 受動喫煙ゼロ、そろり前進 広がる全席禁煙店 2018年7月20日05時15分 朝日

 

 他人のたばこの煙を吸い込む受動喫煙対策を強化する改正健康増進法が18日、成立した。多くの人が使う施設を原則禁煙とし、罰則付きで義務づけるかつてない規制だ。全面施行は2020年4月。飲食店では半数以上が例外扱いなど骨抜きが目立つが、「受動喫煙ゼロ」に向け、社会は少しずつ動き出している。▼オピニオン面=社説

 ■規制、五輪開催国では見劣り

 「不十分な内容だが、対策のスタートにはなる」

 18日の参院本会議を傍聴した全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長は改正法の成立後、そう語った。

 改正法の目的は、望まない受動喫煙をなくすこと。施行後は、学校や病院は敷地内禁煙に。それ以外の施設は喫煙専用室以外では基本的に喫煙できなくなる。厚生労働省は近く専門家会議を開き、今秋までに喫煙室の基準をつくる。労働安全衛生法の喫煙施設の基準を参考にする予定という。

 受動喫煙対策「後進国」だった日本が、罰則付きの義務にかじを切るきっかけは、東京五輪パラリンピックの開催決定だった。国際オリンピック委員会(IOC)と世界保健機関(WHO)は10年に「たばこのない五輪」の推進で合意。以降の大半の五輪開催国では、飲食店やオフィスを屋内禁煙とし、喫煙専用室すら認めていない。

 ただ、成立した改正法は他の開催国と比べて大きく見劣りする内容となった。

 厚労省は16年に示した「たたき台」から、飲食店や事務所に喫煙室の設置を認め、5カ月後の骨子案では例外措置を飲食店に導入。自民党の「たばこ議員連盟」などがさらなる緩和を求め例外対象は広がった。

 その結果、飲食店は例外的に客席面積100平方メートル以下などの既存店は喫煙可とし、禁煙の規制対象は全体の約45%。先月成立した東京都受動喫煙防止条例では約84%が対象とされ、「国の規制は効果に乏しい」との指摘もある。

 飲食店は受動喫煙を受けやすい場所だ。厚労省の16年の調査ではたばこを吸わない成人が月1回以上、飲食店で受動喫煙に遭う割合は42%。天野さんは「飲食店の経過措置は早期に見直してほしい」と訴えた。

 利用者が急増する加熱式たばこの扱いも、問題視されている。受動喫煙による健康影響が未解明として、専用の喫煙室では飲食もできる。厚労省研究班の調査では、製品によっては、煙に含まれるニコチンの濃度は紙巻きたばこと同等で、発がん性物質も含む。国会の参考人質疑では紙巻きたばこと同様の規制を求める意見が噴出した。

 子どもが受動喫煙の被害を受けやすい「家庭内」は置き去りのままだ。

 一方、屋内禁煙を加速させる「仕掛け」もある。

 喫煙できる場所への20歳未満の従業員や客の立ち入りを禁じる。新規の飲食店は規模によらず原則禁煙とした。飲食店の3割強が5年で入れ替わるとされ、「喫煙できる店は確実に減る」と厚労省幹部は話す。

 ■健康直結、増える禁煙店

 受動喫煙対策が急がれるのは命に直結する問題のためだ。「死亡や病気を引き起こす科学的根拠は明白に証明されている」。日本など世界180カ国以上が結んでいる「たばこ規制枠組み条約」は各国にこうした認識を求め、指針は「分煙では効果がない」とする。

 受動喫煙による国内の推計死者数は、年間約1万5千人。受動喫煙がある人はない人に比べ、肺がん脳卒中になる危険性は約1・3倍になるとされる。

 一方、たばこを吸わない成人は8割超を占め、習慣的な男性喫煙者は20年前の5割から3割に減少。「たばこ離れ」が進む中、禁煙は広がり出している。

 6月から禁煙化した居酒屋チェーン「串カツ田中」では、199店の92%が全席禁煙。東京・代官山店を訪れた会社員の多胡尚美さん(47)は「煙や臭いが気になるので禁煙はありがたい」。担当者は「会社員や男性グループは減ったが、家族や女性が増えて手応えを感じている」と話す。

 ファミリーレストラン「ココス」や「サイゼリヤ」は19年9月までに全席禁煙にすると発表。コーヒーチェーン「コメダ珈琲(コーヒー)店」は新規店を禁煙にする予定だ。パチンコ業界でも全国に約400店を展開する「ダイナム」が禁煙店を増やしている。立命館大や信州大、関西外語大は、すでに敷地内を全面禁煙とし、今後も喫煙場所を設ける計画はないという。

 喫煙対策に詳しい産業医科大学の大和浩教授は「例外も多く満点ではないが、罰則付きで防止対策を義務づける法が成立したことは評価したい。今後は禁煙店が増えていくだろう」と話した。

 ■<視点>皆が意識変えなければ

 他人のたばこの煙を吸い込む受動喫煙による健康被害をなくす。すべての人に受動喫煙防止を義務づける改正法の意義は小さくない。ただ、これは最初の一歩に過ぎない。

 厚労省がたたき台を示してから1年9カ月。喫煙の権利や営業の自由を制限する側面があり、自民党との調整は難航した。

 「様々な思惑が絡んだガラス細工のような法案。一つをいじると壊れかねない」。ある自民党幹部はこう話した。規制内容は後退し、ギリギリの調整を経て成立にこぎ着けた。自民党の規制推進派の議員は「前進するために容認した。完璧なものではない」と明かす。今も不満はくすぶる。

 さかのぼると努力義務を定めた法の施行から15年。不十分といわれながらも公共施設や新幹線、タクシーなどで禁煙は進んできた。対策をさらに進めるには我々が意識を変えていくことが不可欠だ。「たばこの煙は他人の健康被害につながる」。ルールとともに常識も変えていく。受動喫煙のない社会はその先にある。

 ■健康増進法の経緯

 <2003年> 健康増進法施行。受動喫煙対策は努力義務

 <16年10月> 厚労省が「たたき台」を発表。受動喫煙対策を罰則付きで義務づける案

 <17年3月> 厚労省が骨子案を発表。30平方メートル以下のバーやスナック以外の飲食店は原則屋内禁煙

 <6月> 法案提出先送り

 <18年2月> 厚労省が客席100平方メートル以下などの既存飲食店は喫煙可と修正案

 <7月> 改正健康増進法成立

写真・図版 改正法による喫煙の規制/違反時の行政対応