古賀茂明「安倍首相に見捨てられた塩崎厚労相の最後の頼みは小池旋風」
連載「政官財の罪と罰」
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2017年の通常国会が18日で閉会し、どさくさの中で大きな批判も受けないまま重要法案が国会提出さえされないまま、先送りになってしまった。
受動喫煙対策強化を盛り込んだ「健康増進法改正案」もその1つだ。
報道ではいろいろ言われているが、一言で言えば、やらなければいけないと誰もがわかっているが、自民党の利権政治家が厚生労働省の案に反対してこれを阻止してしまったというのが真相である。
受動喫煙が健康に深刻な被害をもたらすことは様々な科学的なデータが証明している。受動喫煙は肺がんになるリスクを1.3倍高め、日本では年間1万5000人が亡くなる。国民の健康を守るという観点から、緊急の対応が必要な課題である。また、こうした健康被害による医療費は年間3000億円だ。国の財政、すなわち、国民の財産にも大きな損害を与えていて、経済的にも看過できない。
したがって、受動喫煙ゼロを目指すことは議論の余地などない政策課題であると言っても良い。
あとは、その実現のための方法とスケジュールだけが問題になる。
そこで、厚労省が出した案が、床面積30平方メートル以下のバーやスナック以外は喫煙専用室を設ければそこだけは喫煙可とするが、それ以外は禁煙というものだった。
一方、自民党は、そもそも受動喫煙ゼロを目指すという原理原則を認めず、ほとんど意味のない対案を提示してきた。その内容は、客室面積100平方メートル以下の飲食店では、客も従業員も20歳未満を立ち入り禁止としたうえで「喫煙」「分煙」などの表示をすれば、喫煙を認めるというものだ。
厚労省によれば、この規制では、東京都の85%以上の飲食店が喫煙可となるという。
これでは、禁煙と喫煙を消費者が選ぶと言っても、事実上喫煙店ばかりで選択肢がないという現状と変わりがない。職場の送別会や接待などで、自らの意思とは関係なく喫煙の店舗に行く人も多いし、ぜんそく患者、妊娠中の女性など、20歳以上でも受動喫煙は絶対困るという人も守れない。
しかも、自民党案では、永久に受動喫煙被害はなくならない。厚労省は、最後は、自民党案をスタート台として、数年後に厚労省案まで規制強化するという譲歩案も示したが、自民党は全く受け付けなかったようだ。
では、自民党が反対する理由は何か。
これが驚いたことに、「飲食店が困る」「たばこ農家のことを考えろ」の一点張り。飲食店やたばこ農家の儲けのために妊婦やがん患者、アルバイト学生など弱い者を犠牲にしても全くお構いなしという姿勢だ。あげ句の果てには、自民党の厚生労働部会で、がん患者は「働かなくていいんだよ!」という大西英男衆議院議員の暴言まで出る始末だ。そこまでいかなくても「たばこを吸う人にも人権がある」などと発言する議員も多いという。
■先進国になれない「利権至上主義国家」の日本
ご承知の通り、2020年の東京オリンピック・パラリンピックでは、国際オリンピック委員会(IOC)も世界保健機関(WHO)も「たばこのない五輪」を求めている。
こうした要請に真っ向から反するのが自民党案である。WHOによる受動喫煙対策の評価では、現行の日本の対策は 4段階で一番下のグループである。仮に厚労省案が通ったとしても、1段階アップで下から2番目のグループにしかならない。
しかも、今年4月に訪日したWHO幹部は、喫煙室を設けて分煙したつもりでも煙が漏れ出るのを完全には防げないという科学的データを示して、「完全禁煙」を強く要請したそうだ。いい加減な対策でお茶を濁そうとする日本政府に強烈な警告を発したと見なければならない。
最近のオリンピック開催国(カナダ、英国、ロシア、ブラジル)は飲食店を含めて「屋内禁煙」を法律や条例で定めた。これまでに屋内禁煙を法制化した国は40カ国以上だ。日本は、オリンピックを開催するのに屋内禁煙を実施できないということになったら、世界に恥をさらすようなものだ。
それほどわかりきったことでも、「やめられない、止まらない」自民党政治。まさに「利権至上主義」といってよいだろう。
これほど簡単なことを実行できない最大の理由が、安倍総理の利権体質だ。加計学園で露呈した利益誘導。安倍一強といわれるが、こと、既得権との戦いにはとにかく弱い。先般の「2017年の骨太方針」で先発薬の後発薬並み価格への引き下げまたは差額分の患者負担案を素案に載せたのに、医薬業界の反対が強いと見るや、あっさりと全文削除した。とにかく利権に弱いのが安倍政権の最大の特色である。
おそらく、今回も、塩崎厚労相に任せておいたつもりが、党内の利権族議員の勢いに怖気づいて、さっさと白旗を掲げたのであろう。
■塩崎厚労相を貶める報道に謀略の匂い
これほど白黒がはっきりしている問題なのだが、結局自民党の反対で、受動喫煙対策法案は国会に提出されないまま閉会を迎えてしまった。
こうした失態に対してマスコミが批判を強めるかと思ったのだが、どうもそういう雰囲気にはなっていない。批判的な報道でも、自民党と塩崎厚労相の調整がうまくいかなかったというニュアンスが強く出ているし、産経新聞や週刊新潮などでは、明らかに塩崎厚労相を悪者にしている。例えば、産経新聞の見出しは、<「受動喫煙対策」調整行き詰まり 折れぬ塩崎氏、法案“迷走”>というものだった。本文でも、自民党は一生懸命やっているのに、塩崎氏が滅茶苦茶にしたという内容のエピソードばかりが並ぶ記事になっていた。
週刊新潮もこれと歩調を合わせる記事を出した。
「党側は対案を出し、なんとか折衷案を模索しようと試みたのですが……」「翻意させるのは骨だとは思っていたけど、今回はさすがに呆れた。菅さん(官房長官)や党の重鎮が何度も水面下で交渉しているのに、聞く耳ゼロ。妥協という言葉を知らない」などと塩崎批判のコメントを並べる。
産経や新潮がこうした記事を並べたことから、官邸が塩崎氏を切ろうとしているのではないかという観測が浮上している。
特に、産経が、「首相は5月23日、衆院本会議場の自席で、茂木、田村、渡嘉敷の3氏を前に、首相の隣の塩崎氏の机をさすりながら『問題はこの人だね。任せるから今国会での成立をよろしく』と励ました」と書いたのは、暗に、安倍総理は塩崎厚労相を支持していないというサインを出したということだ。
さらに、産経は「まず人事で関係者を変えて協議し直すしか手立てがないかもしれない」という閣僚経験者の声で記事を締めくくり、新潮も「そろそろご勇退いただいて、新しい大臣の下で進めればいいという声が広がっています」という自民党幹部の声で記事を終えている。これは、官邸が、塩崎大臣に対して、妥協しなければ更迭するぞという脅しをマスコミを通じて流していると理解することができる。
官邸としては、安倍総理が受動喫煙対策を骨抜きにしたという形はとりたくない。さりとて、自民党の利権族議員と闘う勇気もない。そこで、最強硬派である塩崎氏に妥協させる。総理は、その責任を回避し、妥協した説明は全て塩崎氏に押し付けて終わりというシナリオだ。
最悪、塩崎氏が内閣改造前までに、妥協する姿勢を見せなかった場合は、次善の策として、塩崎氏を更迭して、新大臣に妥協の責任を負わせるということにするのだろう。
■最後の頼みは小池旋風だが……
自民党内では完全に孤立した塩崎氏だが、実は、神風が吹く可能性がある。
都議選で、自民党東京都連は受動喫煙対策を公約として掲げた。これは、小池百合子東京都知事が、受動喫煙対策をまとめられない自民党を批判して、小池氏が代表を務める地域政党「都民ファーストの会」の公約に受動喫煙対策条例を作ることを加えたことへの対策である。自民党都連も飲食店との関係が深いが、選挙公約で小池氏に負けるわけにはいかないということで、急きょ公約に入れることになったものだ。
東京都での禁煙ムードの高まりは、国政に反映する可能性がある。特に都議選後、小池氏が国政政党を立ち上げるのかどうかが注目されているが、安倍政権が塩崎氏を更迭して、秋の臨時国会で、ゆるゆるの自民党案を出してきたとき、これを小池氏に強く批判されると、世論の関心を引くので、非常にやりにくくなる。
ただし、塩崎氏と小池氏の関係は、第1次安倍内閣の時にはかなり微妙だった。安倍政権との対立は最終段階ではともかく、当面は望まない小池氏が塩崎氏に「塩」を送るのかどうか。都議選での小池氏の戦いぶりと秋の臨時国会までの間に予想される内閣改造での塩崎氏の処遇は要注目だ。
筆者としては、塩崎氏が、最後まで信念を貫いて、仮に更迭されても、政府の外で国民世論をバックにしたキャンペーンを展開し、本来あるべき受動喫煙対策実現のために尽力することを強く期待したいのだが。
安倍一強の中で、そこまでの勇気を求めるのは酷というものだろうか。
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著者:古賀茂明(こが・しげあき)
「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。元経産省改革派官僚、国家公務員制度改革推進本部審議官、中小企業庁経営支援部長。2011年退官。元報道ステーションコメンテーター。「シナプス 古賀茂明サロン」主催。5月末に『日本中枢の狂謀』刊行予定(写真/筆者提供)