新幹線車内「100%禁煙」が実現 消えゆく昭和の記憶、日本で唯一残る“喫煙OK”の鉄道路線とは

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「近年の健康増進志向の高まりや喫煙率の低下を踏まえて」

 2024年春から、鉄道での旅行中にたばこをたしなむことはほぼ不可能になりそうだ。316日のダイヤ改正で、東海道・山陽・九州新幹線から喫煙ルームが全廃になり、列車内での喫煙スぺースが国内からなくなる。そこには「時代の流れ」だけで片づけられない事情も見え隠れする。 

 JR東海・西日本・九州の3社は2024年春のダイヤ改正で、運行する東海道・山陽・九州新幹線に残っていた車内喫煙ルームを全て廃止する。3社の主力車両のN700系は座席は全席禁煙としながらも、車内デッキに喫煙ルームを設けて喫煙客のニーズに応えていた。同時に500系(JR西日本)の喫煙ルームも撤去して、東京から鹿児島中央までの全線・全列車での禁煙化が実現する。駅ホームの喫煙所での喫煙は可能だが、列車に乗ってから降りるまで喫煙は一切不可能になった。 

「近年の健康増進志向の高まりや喫煙率の低下を踏まえて、車内の喫煙ルームを廃止することにしました」(JR東海広報室)というのが、今春の車内全面禁煙化の趣旨である。 

 すでにJR他線の新幹線と在来線特急では車内の喫煙ルームもなくなっていて、今春をもって国内新幹線の車内全面禁煙化となった。私鉄でも、唯一喫煙ルームを設けていた近鉄が「ひのとり」など各特急車両で31日からルームを撤去し、全面禁煙化に踏み切った。 

 残る例外は、東京~出雲市・高松間を走行する寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」で、全14両編成のうち6号車・13号車の1人用B寝台個室の全室、4号車と11号車のA寝台個室とB寝台2人用個室の半数が喫煙可能になっている。それ以外の普通・特急・快速など全列車から、喫煙席も喫煙スペースも姿を消した。 

 昭和の時代には普通列車も特急や急行も、灰皿があって車内の喫煙が当たり前だったが、新幹線では1976年に初めて禁煙車が登場。この時は16両編成中の1両のみ、しかも『こだま』運用でのみだったが、以後世の中の禁煙化にともなって拡充されていく。平成後期には、既存車両の喫煙車も改修して禁煙化を進めることが当たり前になった。

JR東日本は17年前に全面禁煙化

 全面禁煙化はJR東日本が先行し、2007年春に東北・上越など同社の各新幹線と、夜行列車を除く特急の全面禁煙化を達成。以後の車両には喫煙ルームも設置しておらず、その後延伸していった北陸新幹線・北海道新幹線でも同様だ。在来線特急でも、2010年代のうちに夜行列車以外のJR各社で全面禁煙になった。

 流れを加速させたのは03年施行の健康増進法である。受動喫煙の防止を各業界の事業者に義務付け、鉄道各社でも乗客と従業員の受動喫煙対策としての禁煙化が加速した。

 他方で東京から西に向かう東海道・山陽新幹線では喫煙車が残り、07年導入のN700系で初めて全車両を禁煙席とした上で、デッキに喫煙ルームを設けた。九州新幹線でも山陽新幹線に直通するN7007000番台の『さくら』『みずほ』で喫煙ルームを設けていたが、今春に全廃する。

 なぜ、他社での全面禁煙化後も喫煙車と喫煙ルームを残していたか。JR東海はこの点を「東海道新幹線をご利用のお客様の中には、一定程度の喫煙者がいらっしゃったため、20077月のN700系デビュー以来、喫煙ルームを設置していました」と説明する。

 喫煙サービスを残していた路線列車は、東海道新幹線にせよ近鉄特急にせよ、ビジネス需要が多く、かつ観光地よりも大都市同士を連絡する役割本数の多い路線も担っていたであったことが特徴でもある。東京から博多にかけては航空路線との競合も激しく、喫煙ユーザーへの配慮で喫煙車を残してきた。航空路線は2000年代初頭までには禁煙化が達成されていたので、差別化するメリットはあった。

 「確かにたばこが吸えるからとJRより近鉄を選ぶユーザーも一定数いたものの、その数は少数でしたし、結局は時代の流れにあらがえなかったということでしょう」。こう推測指摘するのは鉄道・交通ライターの新田浩之氏。「中高年のビジネスマンとなるとたばこが吸えるのが当たり前の時代を生きてきていますし、行楽・ファミリーでの移動とは違うニーズに応える必要もありましたが、世の中の禁煙化はこれからも進むでしょうからサンライズ瀬戸・出雲の喫煙個室もいつまで継続できるか分かりません」

 健康増進法は東京五輪を控えた204月に改正案が施行され、受動喫煙対策がさらに強化。公共交通機関は原則車内全面禁煙となったことも、今春の決定に影響していそうだ。

 廃止した喫煙スペースを転用して新しいビジネスを始める試みも始まっている。JR東海でも、N700S78号車デッキ部の喫煙スペースを撤去し、ワーキングスペースとして使えるビジネスブースを22年春より導入している。ブースの利用は有料時間制で、空間を遊ばせておくよりも収益になるというわけだ。今後はこの編成中間部のビジネスブースと別にに加え、3号車・10号車・15号車の喫煙スぺースを災害時の非常用飲料を配備するスペースに転用していく。

 東海道新幹線では昨年10月に車内ワゴン販売を全廃、山陽新幹線でもこの316日改正でグリーン車を除いて全廃が決まっている。こうなると自動販売機もない車内での緊急時の飲食物確保に懸念が残るゆえ、喫煙ブースの転用は周到に考えられたといえよう。コスパ・タイパにも厳しい時世、輸送サービスにおいて、喫煙ニーズに応えることはもはや末席レベルの優先度になってしまったようだ。

 全面禁煙化での影響について、JR東海は利用者から特別の反応はなく、喫煙客に向けては「駅の喫煙ルームの場所について、当社ホームページや各駅でのご案内を強化しております」と取材に答えている。愛煙家にとっては、余裕を持って駅に着いてホームや構内にある喫煙所でくつろぐ、これが旅のスタンダードになりそうだ。