飲食店の全面禁煙は仕方ないのかITmedia ビジネスオンライン 2017/1/25(水) http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20170125/Itmedia_business_20170125018.html?_p=4政府は受動喫煙対策の強化を盛り込んだ「健康増進法改正案」を、20日に招集された通常国会に提出した(注:3月頃の予定で、正式には未だ提出されていない)。東京オリンピックに向けて、諸外国(先進国)並みの受動喫煙対策を実施しようとの考えだが、飲食店などからは反対意見が相次いでいる。しかし、オリンピックという今回のタイミングを逃してしまうと、本格的な受動喫煙対策の導入は困難とも言われており、関係者は国会審議の行方に注目している。 ●「吸う人の権利」を中心とする考え方は変わった ここに至るまでの経緯を振り返りながら考えみたい。日本では2003年に健康増進法が制定され、受動喫煙対策が法律の枠組みに盛り込まれたが、あくまで努力義務の範囲にとどまっていた。学校や病院、官公庁では禁煙化が進められたものの、喫煙室を設置しても煙の漏れを完全に遮断できないことや、喫煙室の清掃に従事する労働者の健康問題などから、一部から全面的な禁煙を求める声が上がっていた。 当初、政府は全面禁煙の移行にはあまり積極的ではなかったが、状況を大きく変えるきっかけとなったのが2020年に開催される東京オリンピックである。 国際オリンピック委員会(IOC)や世界保健機関(WHO)は開催国に対して「たばこのない五輪」を求めており、これを受けて厚労省の有識者検討委員会は2016年8月、喫煙の健康影響に関する報告書(たばこ白書)を取りまとめた。報告書では、WHOの評価基準に照らした場合、受動喫煙防止対策、脱たばこ・メディアキャンペーン、たばこの広告・販売・後援の禁止の各項目において日本は“最低レベル”になると指摘。本格的な対策が必要と結論付けたのだ。 WHOは、医療施設、大学以外の教育施設、大学、官公庁、一般の職場、レストラン、カフェ・パブ・バー(居酒屋含む)、公共交通機関の8つにおける全面禁煙措置の実施状況について調査を行っているが、日本は全ての施設で全面禁煙が行われておらず、高所得国のカテゴリーでは最低評価となっている。 これまでのところ日本では「吸う人の権利」を軸に議論が行われており、受動喫煙は「受忍限度」とされていた。つまり以前の日本では、受動喫煙は危険をもたらす行為であるという認識は薄かったことになる。しかし最近になって、司法の世界において受動喫煙の危険性を指摘した判決が出るようになり、その認識にようやく変わりつつあるのだ。 ●喫煙による医療費の増加も問題に 喫煙室の設置についても新しい考え方が台頭してきている。これまで日本では喫煙室の設置を受動喫煙対策の基本と位置付けてきた。つまり吸う人の権利と吸わない人の権利を考え、分煙することで問題は解決できるとしてきたのである。 ところが白書では喫煙室の設置についても、かなり踏み込んだ指摘をしている。喫煙室の設置だけでは煙の漏れを完全に防止できず、喫煙室の清掃などに従事する従業員の受動喫煙問題を解決できないと分析。喫煙室の設置という考え方を改め、日本でも屋内100%禁煙化を目指すべきとした。 さらに白書では、日本においてはマスメディアを使った脱たばこキャンペーンは「全くと言っていいほど実施されていない」としており、メディアキャンペーンの必要性についても言及している。 つまり、今回出された白書では、吸う人の権利という考え方が消滅し、基本的に喫煙は他人に害を及ぼす行為であるとの位置付けに変化したことになる。受動喫煙対策もそれを前提に組み立てるという考え方に立脚しており、ある意味では180度の方向転換といってもよい。 厚労省がここまで踏み込んだ姿勢を示したのは、オリンピック開催というきっかけもあるが、歯止めがきかない国民医療費の増加を抑制したいという財政的な意向もある。 2013年度における国民医療費の総額は約40兆円と膨大な額に達しているが、国民から徴収する保険料と患者の自己負担でカバーできる部分は全体の約6割にすぎない。残りは税金などから補填(ほてん)されているが、公的年金と異なり、医療保険には積立金がなく、医療費の増加がこのまま続いた場合、国民医療保険制度が破綻(はたん)するリスクが現実のものとなってしまう。 屋内の全面禁煙に関する法律を施行した国では、喫煙関連疾患による入院リスクが大幅に低くなることが知られており、公共の場での禁煙を実現すれば国民医療費の増加を抑制できるという算段だ。 ●中小の飲食店を中心に反対意見が続出 全面禁煙に向けてかなり踏み込んだ報告書を公表したものの、厚労省がその後、公開した「たたき台」では、かなり現実的な内容に修正された。原則禁煙というスタンスは堅持したものの、一部の施設において喫煙室の設置を認める内容に変更されたのである。 官公庁や運動施設などは建物内禁煙とし、医療機関や小中学校などは敷地内禁煙となったが、一方で、サービス業の施設やオフィス、駅、空港などは、建物内禁煙としつつも喫煙室の設置を認めた。ただし、施設管理者は、喫煙室の設備や構造について、受動喫煙防止対策のための技術的基準に適合させる義務を負い、違反したものには罰則が適用される。 当初はこのたたき台に沿って法制化が進められると思われたが、事はすんなりとは運ばなかった。 自民党の部会では、このたたき台について反対意見が続出。1月に入ると、飲食、旅館・ホテルなど5つの団体が集会を開き、分煙に関する自主的取り組みへの理解を求める決議をまとめた。各団体は今後、国会議員らへの働きかけも強めていくという。 全面禁煙の反対派が最も懸念しているのは小規模事業者における経費負担である。小規模店舗の中には経済的に余力がなく、喫煙室の設置が現実的に難しいところが少なくない。一方で、たばこが吸えることで客足を維持してきた店もあり、完全禁煙にしてしまうと売り上げが減ってしまう。完全分煙にするための費用は捻出できないが、完全禁煙にすることも避けたいというわけだ。 経済的な余力のない事業者に対して、分煙対策費用を補助するといった解決策も考えられるが、他の事業者との公平性という点において異論が出てくる可能性もあるので難しいだろう。 ●変わるタイミングは今しかない 先にも触れたように、日本では受動喫煙について主に吸う人の権利を中心とした観点で議論が行われてきた経緯があり、司法の世界でも、受動喫煙は「受忍限度」という位置付けであった。吸う側に権利があり、あくまで受忍限度に関する論争ということであれば、何らかの妥協策というものも見えてくるかもしれない。 しかし、受動喫煙の位置付けが変わり、司法判断もこれを後押ししている。また国際的に見ても全面禁煙は大きな流れであり、政府はこれに逆行するような政策は望まないだろう。 オリンピックまでにはあまり時間がなく、具体的な対策の実施ということを考えると、今国会での法制化は必至の状況といえる。国会での議論が注目される。(加谷珪一) |