喫煙が新型コロナ重症化を導くメカニズムが明らかに-新型コロナがたばこ文化にとどめを刺すか

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 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延が、もともと風当たりが強まっていた喫煙文化にとどめを刺すかもしれない。新型コロナウイルス感染症の重症化に致命的な影響を及ぼす可能性があるからだ。世界中のさまざまな分析によって、重症者には喫煙者が多いと分かっていた。この5月には、世界保健機関(WHO)も追認する声明を出している。

 こうした中で、たばこが新型コロナウイルス感染症の重症化を導く致命的なメカニズムもはっきりしてきた。この5月16日、世界的生物学誌である『Cell』の姉妹誌『Developmental Cell』において、米国の研究グループが研究結果の詳細を速報したのだ。今回、この研究結果などを踏まえ「たばこ文化」のこれからについて考察してみたい。

WHOは喫煙による重症化リスクを警告

 そもそも喫煙によってがんや心臓病、糖尿病になりやすくなるなど、喫煙による疾病リスクと、それを防ぐための禁煙の重要性は半ば常識的に語られていた。受動喫煙を防ぐために、飲食店で原則屋内禁煙になったのは、まさに今年4月のことだ。

 厚生労働省や日本禁煙学会などが広く宣伝しているが、たばこがなぜ体に悪いのかと言えば、約4000種類におよぶ化学物質のうち、250種類もの有害物質が体に悪影響を及ぼすからだ。その中には発がん性を持つものもあり、心筋梗塞や脳卒中といった主要な死因にも直結すると考えられている。

 新型コロナウイルス感染症においても、改めて喫煙の悪影響は注目されていた。もともと喫煙は免疫機能に悪影響を与えるため、感染症にもかかりやすくなると考えられていたからだ。事実、重症者の情報が増えてくるにつれて、喫煙者が多く含まれることが分かってきている。

 冒頭に紹介したように、5月11日、WHOが新型コロナウイルス感染症の重症化データを分析した結果、喫煙者では重症化しやすいという声明を出している。

 冒頭で紹介したように、5月16日、細胞の分析などの専門誌である『Developmental Cell』で、新型コロナウイルス感染症が喫煙で重症化するメカニズムの発表があった。

 そこで分かったのは、簡単に言えば、ウイルスが肺の細胞に侵入するためのいわば“港”をたばこが作るということだ。この“港”の存在については、今後、ウイルスの感染阻止をしていくために重要と考えられるので、少し詳しく説明する。

 口の中から入った新型コロナウイルスはどのように病気を起こすのだろうか──。この質問に対する答えは、最初はよく分かっていなかった。肺の中で悪さを起こして、呼吸困難を起こすのだろう。それで酸欠を起こして亡くなることもある。漠然と答えるとこうなるだろうか。

 そのあたりが徐々に明らかになってきている。

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大では、接触感染や飛沫感染などが指摘されている。ウイルスが付着した手などで口などをさわり、ウイルスを口や鼻から吸い込んだり、飲み込んだりして感染してしまうのだ。吸い込んだウイルスは肺の奥に入り、肺などの細胞にウイルスが侵入、そして病気につながっていく。逆に言えば、肺の細胞にウイルスが拒否されてしまえば病気は悪化しない可能性もある。

 徐々に分かってきているのは、ウイルスが肺などの細胞に入るときに、足がかりとなる存在があるということ。それが、口や鼻などから吸い込んだウイルスが停泊する“港”である。

 その正体は、肺の細胞などに存在している「アンジオテンシン転換酵素2」と呼ばれるタンパク質、略してACE2だ。一般の人にとっては、あまりピンとこないかもしれないが、「ACE」は、医療従事者の中ではなじみがある存在だ。ACEは高血圧の治療で重要な役割を果たすことで有名なのだ。

 一般の人であっても、高血圧と診断されて薬を飲んでいる人であれば、「ACE阻害薬」という薬をもらったことがあるかもしれない。このACEと、新型コロナウイルス感染症で言うACEとは同じものだ。

 ここで言いたいのは、ACEがありふれた存在のタンパク質であるということ。そして、新型コロナウイルス感染症の研究が進む中で、ウイルスがこのタンパク質をいわば悪用して細胞に入り込む仕組みがあると分かってきた。厳密に言えば、「ACE」と類似している「ACE2」と呼ばれるタンパク質に結合すると判明した。

 ACE2は、肺のほか、心臓や消化管、腎臓などに存在している。最近では、呼吸困難や咳のほか、下痢の症状に関係していたり、子どもでは川崎病のような症状を起こしたりすると報告されている。それらの背景には、このACE2の存在があると考えられる。

 このACE2の量と喫煙が密接に関連すると、今回、米国の研究グループは断定した。

たばこは短期的な死にも直結

 米国の研究グループが明らかにしたのは、たばこを吸うことで、肺の細胞でACE2を増やしてしまうことだ。ここまで紹介してきた流れからも分かるように、たばこを吸うのは「ウイルス大歓迎」の看板を肺の中に掲げるようなものだ。

 今回、米国の研究グループは、人間とネズミの肺の細胞を1個単位で分析。たばこの煙によって、細胞でACE2が増えることを確認した。結果的に、ウイルスは細胞の中に入りやすくなる。

 たばこの害については、これまで250種類もの有害物質が影響していると言われているが、ここまでピンポイントでたばこの有害性が分かりやすく判明することは珍しい。

 今回示されたたばこの有害性は、従来指摘されていたたばこの有害性とは一線を画する可能性もある。これまではたばこを吸ったからといって、その悪影響は短期的なものというよりも長期的なものだったからだ。

 基本的には、喫煙をしていて何が悪いかといえば、数年から数十年にわたって喫煙の習慣を続けることで、がんや心臓病などのリスクを高めてしまうことが問題視される面が大きかった。それに対して、新型コロナウイルス感染症においては、もっと短期的な死に直結する影響を及ぼす。ACE2の増加で、ウイルスが瞬く間に肺の細胞に入れば、一挙に重症化し、死に直結しかねないからだ。

 経済正常化に向けて、あらゆる施策が検討の俎上に上がる中、ウイルスの感染拡大や重症化の予防への対策が検討されている。そうした中で、ここまで分かりやすいウイルスの重症化につながるマイナス要素はないかもしれない。

 喫煙者本人だけでなく、周囲の人が煙を吸ってもACE2は増えるため、感染者の重症化、さらなる感染拡大にもつながる。「三密」が重なれば最悪の状況が生まれることになる。

 紹介され始めている「新しい生活様式」は、人々の日常生活を強い制限を課すものだ。先の見えない状況に絶望する人も多いのではないかと思う。その中で、喫煙の短期的で明確的な影響がよりはっきりとしたならば、喫煙文化が許容される余地はもはやなくなるのではないかと筆者は考える。

コロナ研究に関与するグーグル

 なお、今回の米国の研究では、ウイルスを排除するために体から出てくるインターフェロンと呼ばれる抗ウイルス作用を持つ物質の影響でもACE2が増えることが示された。要するに、体がウイルスを排除しようとする仕組みすら踏み台にして、ウイルスが体の中に入り込もうとしていることになる。

 もう一つ、今回の論文の筆頭筆者はコールド・スプリング・ハーバー研究所という生物学分野では著名な研究所に所属しているが、一方でグーグルにも所属している。新型コロナウイルス感染症の対策に、米国の情報技術(IT)企業も関心を持って取り組んでいることがうかがわれる。

 新型コロナウイルス感染症の第二波、さらに制圧に向けて、予防や治療の研究はさらなる進化が求められる。この研究では、日本でもNECが動き出しているほか、情報技術の応用も求められている。このあたりについては、引き続きレポートしていきたい。

【参考文献】

●WHO statement: Tobacco use and COVID-19(WHO)
●Smith JC. et al.,"Cigarette smoke exposure and inflammatory signaling increase the expression of the SARS-CoV-2 receptor ACE2 in the respiratory tract." Developmental Cell Epub 2020 May 16.
ニコチンは呼吸循環器の COVID-19 感染リスクを高めるか?(日本禁煙学会)
Tobacco-use disparity in gene expression of ACE2, the receptor of 2019-nCov