「防衛費増額のための“たばこ増税”」が理屈に合わない理由

    防衛費捻出のため国民の「健康を損なうおそれ」あるたばこを利用する背理

     2022.12.27(火) JPpress https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/73299 

 

 はっきり言って、本当に迷惑な話だ。中国のことだ。

 中国の軍事的脅威が現実のものとなり、お陰で日本は戦後の安全保障政策の転換を迫られた。1216日に閣議決定した防衛3文書には、中国の対外姿勢や軍事動向を深刻な懸念事項として「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と明記。「反撃能力」を保有し、防衛費をGDP(国内総生産)比で2%に倍増する方針を打ち出した。

 この防衛費の増額の財源として、法人税、復興特別消費税、たばこ税に上乗せして充てる方針だ。

海外ではタバコのパッケージにおどろおどろしい写真も

 中国による台湾への侵攻がいつあってもおかしくはない状況で、そうなれば南西諸島も戦域に巻き込まれる可能性は十分にある。ロシアによるウクライナへの侵攻も、世界情勢が不安定であることを物語る。ならば、防衛費の増額は致し方ないとしても、果たしてその安定財源がこれで確保できるのだろうか。

 そのなかで不思議でならないのが、たばこ税の増税だ。

 海外を旅したことのある人ならわかるだろうが、日本のたばこの価格はまだまだ安いほうだ。諸外国ではもっと高い税金をかけている。

 しかも、たとえばタイでたばこを買えば、パッケージに喫煙によるヤニでボロボロになった歯並びの写真や、死亡した人の胸を切り開いて内臓をそのまま映したものなどが表示されている。見たくなくても、『セブン-イレブン』など日本でも馴染みのコンビニのレジの奥にたばこが並べられていれば、否応なく目に入る。

 

 たばこに重税をかけるのも、そんなえげつないパッケージにするのも、国家が国民の喫煙を抑制しようとするからだ。

たばこ増税の目的は「たばこの消費抑制を図り、もって国民の健康増進に資する」こと

 日本も例外ではない。それがもっともよくわかるのが、今年8月までに厚生労働省が財務省に出した「令和5年度税制改正要望」だ。この項目のひとつに「国民の健康の観点からたばこの消費を抑制することを目的とした、たばこ税の税率の引上げ」というものがある。

 これを具体的に見ていくと、まず「要望の内容」として「たばこが健康に与える影響なども踏まえ、国民の健康の観点からたばこの消費を抑制するため、たばこ税の税率を引き上げる」とはっきり示している。その上で、その理由を以下のように指摘している。少し長いがそのまま引用する。

 

1)政策目的
 たばこ税の税率を引き上げることによって、たばこの消費抑制を図り、もって国民の健康増進に資する。
2)施策の必要性
 厚生労働省において開催した「喫煙の健康影響に関する検討会」が平成288月に取りまとめた報告書では、日本人の喫煙の健康影響に関して、肺がんのリスクが男性で約4.4倍、女性で約2.8倍になることや、慢性閉塞性肺疾患(COPD)のリスクが男性で約3.1倍、女性で約3.6倍になることなどが報告されている。このように、喫煙の健康への悪影響は科学的に明らかである一方、喫煙率は男性27.1%、女性7.6%といまだ高く(令和元年)、国民健康づくり運動プランである健康日本21(第二次)において示されている目標(令和4年度に12%)の達成は危ぶまれている状況にある。このため、たばこの消費の抑制を図る必要がある。
 平成30年度税制改正により、たばこ税及び地方たばこ税について段階的に見直しを行ってきたが、令和410月で見直しが完了する。
 こうした状況を踏まえ、たばこの消費抑制を図り、もって国民の健康増進に資するため、たばこ税の引上げが必要。

 こうしたことは、今年にはじまったことではない。厚生労働省では、平成28年度、平成29年度、平成30年度、令和4年度にも、同様の趣旨で、税制改正要望を行っている。これらの詳細については、財務省のサイトで確認できる。

 日本はWHO(世界保健機関)が策定した「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約(たばこ規制枠組条約)」に署名していて、2005227日に発効している。その中には、たばこ製品の包装及びラベルについて、主要な表示面の30%以上を健康警告表示に充てることが定められていて、日本で販売するたばこのパッケージにも警告の文字表記がある。タイのえげつないパッケージもそのためだ。

喫煙率は年々下がるのにたばこによる税収はほぼ一定

 仮に、たばこ増税で厚生労働省の目論見通りにたばこの消費が抑制できたとしても、売上が落ち込めば、それだけ防衛予算が確保できないことになる。
 実際の喫煙率も見てみる。国立がんセンターがまとめた統計によると、厚生労働省が税制改正要望でも指摘しているように、2019年(令和元年)の喫煙率は、男性27.1%、女性7.6%、男女計16.7%だった。男性は50%を超えていた1995年から減少傾向にあり、女性では2004年以降ゆるやかな減少傾向にある。
 さらに、成人の1日の喫煙本数を見ると、1日に21本以上の「重度喫煙者」が男性で11.2%、女性で2.8%(2019年)。2003年以降は、男女とも重度喫煙者が減少し、1日に110本の軽度喫煙者が増加している。ただ、男女ともに1日に1121本の喫煙者はそう変わりない。
 一方で、財務省が公表している資料によると、たばこ税の税収は国と地方を合わせて、昭和の終わりから令和2年まで、税率が引き上げられることがあっても、概ね2兆円で安定的に推移している。国の徴収分だけでも約1兆円で財源としては安定している。
 これはたばこ増税のもうひとつのメリットを象徴しているともいえる。ニコチンの依存性による税収の安定と税率アップによる増収だ。たばこをやめるにもやめられない。だから、税率が上がって値上がりしても、どうしても買ってしまう依存性の高い人たちを利用して、税収を得る。防衛費の増額にたばこ税を上げたところで、ニコチン依存症が下支えをして安定財源を維持する。言い換えれば、ニコチン中毒を日本の防衛に役立てる。
 防衛は、国土と国民の生命、財産を守るためにある。その防衛費の捻出のために、たばこ税を上げる。それで国民の喫煙が抑制されることは、国民の健康を維持するため役立つとしても、国民がたばこを買わなくなれば防衛費が維持できなくなる。国防のためにたばこを吸うとなると、国民の生命を守るはずの防衛の意味が内側から崩れていく。防衛費増額のためのたばこ税の上乗せが、持続可能な安定財源といえるのだろうか。
 ニュージーランドでは、2009年以降に生まれた人への紙たばこの販売を恒久的に禁止する法案が、今月13日に議会で賛成多数で可決した。将来にわたって「たばこのない国」を目指す。国家レベルでのたばこの販売禁止は世界で初めてのことだ。
 自国防衛の強化が世界の潮流なら、喫煙の抑制は世界の趨勢だ。そこへいくと、日本は摩訶不思議なことをやっている。