2023年6月12日 19:51 京都新聞 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1044396
加熱式たばこが売れている。紙巻きたばこより害が少ないという証拠はなく、依存症を起こすニコチンを含むため禁煙にもつながらず、呼気中の有害物質による受動喫煙も懸念される。それでも売れる背景には、政府の広告規制の緩さがある。
喫煙率は減少傾向が続く。2019年の国民生活基礎調査で男性は28・8%と初めて30%を切り、女性は8・8%だった。
紙巻きの販売量が減り続けているのに対し、加熱式は10年代半ばから販売量が増え、日本たばこ協会の統計では、22年度には522億本と紙巻きの6割に迫っている。
消費側のデータも好調ぶりを裏付ける。19年の国民健康・栄養調査によれば、喫煙者のうち加熱式だけを吸う人は男女とも約20%。紙巻きとの併用は男性で6・9%、女性で4・8%を占めた。
たばこは広告を増やせば増やすほど売れることが知られている。実際、企業側の宣伝活動も加熱式に軸足を移している。
市川政雄筑波大教授や大阪国際がんセンターの田淵貴大医師らの研究によると、たばこ広告全体に占める加熱式の割合は17年以降激増し、雑誌では20年に94%に上った。
販売戦略が変化した一因として、市川教授らは、20年4月に全面施行された改正健康増進法が加熱式を特別扱いしたことを挙げる。飲食店での喫煙しながらの飲食は加熱式専用の喫煙室に限って可能となったのだ。
加熱式は従来のたばこ製品と同じように有害で、同様の規制が必要だとする世界保健機関(WHO)の見解とは相反する対応と言える。
21年からは医療関係者向けの新聞や情報サイトに加熱式の広告が出るという前代未聞の事態が相次ぐ。
口火を切ったのは同年9月、歯科医向けの週刊紙「日本歯科新聞」に出た米フィリップモリスの日本法人による広告だ。
加熱式は歯の着色が少ないとする研究結果や、「歯科領域で高まる加熱式たばこへの期待」として歯科医のコメントを紹介する内容だった。
「歯科医が加熱式を肯定的に評価しており、患者に勧めてほしいという内容で、びっくりした」と国立がん研究センターの平野公康たばこ政策情報室長は振り返る。
その直後、国際歯科連盟は「安全性が証明されておらず、若者の喫煙開始にもつながるため、紙巻きの代替物として加熱式を推奨すべきではない」との勧告を出した。
日本歯科医師会や日本歯周病学会は加熱式による歯や歯肉、全身への健康障害が懸念されるという見解を発表。翌22年1月、同学会などでつくる口腔(こうくう)学会合同脱タバコ社会実現委員会が「加熱式の健康影響が少ないかどうかは明らかではない」「禁煙を阻害する可能性がある」と注意を促す文書を発表し、同新聞に意見広告も出した。
たばこ規制枠組み条約に基づきWHOが各国の20年のたばこ対策を評価した結果では、日本の広告規制は最低の「不可」。「全面禁止は表現の自由を保障する憲法に抵触する恐れがある」(財務省)として同省が指針を示し、業界の自主規制に任せているのが現状だ。
平野さんは「罰則付きの法律で広告を全面禁止するのが世界標準。国民の健康を守るため日本もそうすべきだ」と話す。
2021年9月28日付の日本歯科新聞に掲載された加熱式たばこの広告