毎日新聞
2020年の東京五輪・パラリンピックに向けて、厚生労働省がたばこの全面禁煙を原則とする初の制度案をまとめた。たばこを吸わない人が喫煙者の煙にさらされる受動喫煙を防ぐため、近年の五輪開催都市はすべて罰則付きの対策を講じており、原則禁煙は世界標準。日本の緩い「分煙」は許されそうにない。さて、本当に全面禁煙できるのか?
厚労省案は、医療機関や学校は敷地内全体を全面禁煙とし、官公庁やスタジアムは建物内のみ全面禁煙。飲食店や事業所は建物内禁煙だが、喫煙室の設置は容認している。つまり、間仕切りで分ける「分煙」は論外で禁止。密閉空間の喫煙室の設置が一部で認められる余地があるかだけだ。
10月31日、厚労省案に対する関係団体の意見を聞く公開ヒアリング。「外国人から文句を言われてもいいのか」。受動喫煙規制に及び腰の「日本フードサービス協会」(外食産業)に対して厳しい言葉を投げつけたのは、厚労省の正林督章(しょうばやしとくあき)健康課長だった。霞が関の審議会や検討会では、官僚は資料作成や議論の論点整理など事務局機能に徹することが多く、自ら「突っ込み」を入れるのは異例だ。受動喫煙対策実現に向けた意気込みがうかがえる。
厚労省は11月10日から中央官庁では初めて「敷地内全面禁煙」を始めた。10年前から「建物内全面禁煙」を実施し、庁舎脇の屋外喫煙所が唯一の喫煙空間だったが、これを一歩進めて、同省職員は屋外喫煙所も使えないようにした。制度案を先取りして見本を示した格好だ。ただし、昼休みや夕方を例外時間帯として利用を認めており、煙も臭いも残らない「敷地内禁煙」からはまだ遠い。
世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会(IOC)は「たばこのない五輪」を推進しており、過去の開催地は今年のリオデジャネイロが敷地内禁煙、12年のロンドンは建物内禁煙を罰則付きで実施した。18年に冬季五輪を控える韓国は建物内は原則的に全面禁煙だが、飲食店などには喫煙室設置も認める。
厚労省は「ロンドン並みの厳格なルールにしたい」(同省幹部)のが本音だが、喫煙室のない分煙だけの飲食店が多い日本の現状を踏まえ、「韓国並み」の案に妥協したものだ。
喫煙室を設置しても建物内喫煙が批判されるのはなぜなのか。禁煙指導に取り組む中央内科クリニックの村松弘康院長は「ぜんそく患者など受動喫煙に苦しむ人は多い。海外では吸えるか吸えないかであり、分煙は中途半端。建物内全面禁煙の方が分かりやすいし、喫煙室をつくるお金もかからない」と話す。
大和浩・産業医科大教授らの調査によると、喫煙室内の微小粒子状物質「PM2.5」の濃度は環境基準(1日平均)の最大約20倍で、大気汚染が激しい季節の北京並みの値を示した。大和教授は「ドアの開け閉めで煙は喫煙室から外に漏れます」と指摘する。
一方、受動喫煙防止条例を全国に先駆けて実施した神奈川県(施行10年4月)と兵庫県(同13年4月)は、飲食店業界などの反発をかわしきれず、分煙や一部喫煙を認める内容となっている。神奈川県は公共性の高い映画館や劇場を含めた施設は建物内禁煙だが、飲食店などは禁煙か分煙の選択制にし、喫煙の可否や分煙を店頭掲示することを義務づけるにとどめた。小規模店には罰則もない努力義務でしかない。兵庫県は映画館などでも建物内を全面禁煙にせず、「厳格な分煙」の形で喫煙を認めた。
厚労省が示した全面禁煙案はどこまで世界標準を維持できるのか。来年の通常国会が最大の山場になる。