クローズアップ2017

宙に浮く屋内禁煙 厚労省・世論頼みVS反対派・業界に配慮 官邸は静観、まとめ役不在

毎日新聞

 

 2020年東京五輪・パラリンピックを念頭に置いた、他人のたばこの煙を吸わされる受動喫煙の防止策が迷走している。厚生労働省は一部飲食店を除いた屋内喫煙を法で規制する姿勢だが、自民党内ではさまざまな業界の思惑も絡んで反発が根強く、逆に「分煙」によって屋内喫煙を幅広く認めようとする案も出ている。過去の五輪開催都市の中で最も遅れているとされる受動喫煙対策を前に進めることはできるのか--。

 04年以降のすべての五輪開催都市は罰則付きの受動喫煙防止策を導入しており、人が集まる場所では屋内禁煙が世界的な流れだ。世界保健機関(WHO)の調査では188カ国中、飲食店やバー、事業所などを法律で屋内全面禁煙とするのは49カ国。WHOのランクで日本は4段階中の最低レベルで、厚労省案でも1ランク上がるにとどまる。

 「自民党は部会をすると9割が(厚労省案に)反対だ」。同党厚生労働部会長の渡嘉敷奈緒美衆院議員は2月下旬、党内の情勢をこう説明した。毎日新聞の世論調査ではバーやスナックを除く飲食店の原則禁煙に58%が「妥当」と答えており、意識差は大きい。法案提出には部会の了承を得なければならないが、意見集約の見通しは立っていない。

 自民党の反対派は、愛煙家ばかりではない。たばこの製造や販売、飲食店などさまざまな業界の働き掛けが背景にある。ただ、反対を唱える各業界の思惑は一様ではない。

 「売り上げが落ちるから反対しているわけではない」と語るのは、日本たばこ産業(JT)IR広報部の川合一郎課長。喫煙者は現在2割を切り、紙巻きたばこの昨年の需要は1738億本と20年前から半減した。「厚労省案のまま規制されれば、500年にわたる日本のたばこ文化が消えてしまう。JTも分煙推進には協力しており、業界の自主的な取り組みに任せるべきだ」と主張する。原料となる葉タバコの農家も逆風に胸を痛める。全国たばこ耕作組合中央会の大橋義弘専務理事は「苦労して育てた葉タバコが、ここまで悪く言われるのかと悲しい」。

 一方、主に営業上の理由で反対するのが小売店や飲食店だ。全国たばこ販売協同組合連合会の小西敏弘総務部長は「居酒屋や喫茶店が禁煙となれば、2~3時間たばこが吸えなくなる。喫煙機会の減少は本数減につながる」と話す。

 約450社が加盟する日本フードサービス協会の石井滋業務部長は「客離れが心配だ。喫煙室の設置も小さい店は物理的に無理だし、工事費用もかかる」と指摘する。

 ただ、飲食店の場合は、業態や経営方針で影響が異なり、反対一色とも言えない。全国焼肉協会の旦有孝専務理事は「規制するなら、どの店も海外と同様に全面禁煙にした方がすっきりする。中途半端な形は困る」と訴える。

 飲食店での受動喫煙は、客だけでなく、未成年者を含む従業員にも配慮する必要があり、自民党のたばこ議員連盟の主張する「分煙の推進」では十分な対策になりにくい。厚労省幹部は「議連に動員された議員は一律で禁止し、商売に影響がないと説明すれば理解してくれる印象だ。説得するしかない」と、自民党内の風向きの変化を期待する。

 

法改正「会期末」に黄信号

 自民党内の反対論を押し切って規制の実現を目指す中心が、塩崎恭久厚労相だ。

 昨年10月に示した案が業界団体などの猛反発を受け、床面積30平方メートル以下のバーやスナックは例外的に喫煙を認めるとしたが、それ以上は譲る気配がない。

 塩崎氏は世論の後押しを得るべく関係者を大臣室に招いては報道陣の前で規制強化の要望書を受け取った。アルバイト先での受動喫煙被害を訴えた学生組織の代表がたばこ議連を「政治家なら国民を守ってほしい」と批判する場面もあった。

 「援軍」も増えつつある。自民党の規制推進派で作る受動喫煙防止議員連盟(会長・山東昭子元参院副議長)は小規模飲食店の扱いを巡り厚労省と見解を異にしていたが、3月28日の総会で厚労省案支持を表明した。公明党の山口那津男代表も党中央幹事会で「政治が放置しておいてはならない。国際社会に通用する法整備が必要」と塩崎氏を後押しした。

 ただ、塩崎氏の期待とは裏腹に、首相官邸はこの問題を静観したままだ。3月24日の参院予算委員会で、神奈川県知事時代に全国初の受動喫煙防止条例を作った松沢成文参院議員に「厚労省案と自民党(たばこ議連)案とどちらが徹底しているか」と問われた安倍晋三首相は「なかなかお答えするのが難しい。今の段階で評価を求めるのはご勘弁いただきたい」とかわした。

 厚労省は周知期間も含めると、6月18日が会期末の今国会での健康増進法改正が必要だとする。省内や与党内には「大型連休前にまとめるのは無理」との声も出ている。

 神奈川県の条例見直しの検討会で座長を務めた玉巻弘光・東海大名誉教授(行政法)は「規制反対論は事実上の現状追認で、受動喫煙防止は進まない。一方、規制推進論は喫煙場所を極小化し、喫煙の自由やたばこ販売権を損ないかねない。対策の重要性については認識が一致しているのだから、妥協を重ねてでも法案をまとめるべきだ」と話す。