毎日新聞
医療や社会保障に関する旬のキーワードを、図解とともに分かりやすく説明する新コーナー「読み解きワード」を、今月から原則月1回掲載します。初回は対策を強化する厚生労働省案に賛否が入り乱れている「受動喫煙」がテーマです。
たばこの煙が、本人だけでなく吸わされる周囲の人の健康にも影響を与える--。こうした「受動喫煙被害」の科学的な研究は、1980年代から本格化した。
受動喫煙と肺がんとの関係を81年に世界で初めて発表したのは、日本の平山雄氏(当時の国立がんセンター研究所疫学部長)だ。たばこを吸わない女性を、夫が喫煙するグループとしないグループに分けて調べると、夫が喫煙者の集団の方が肺がんの死亡率が高かったという内容だった。
この論文には反論も多かったが、世界で研究が進み、2004年に国際がん研究機関(IARC)が環境中のたばこの煙の発がん性を科学的に認めた。05年に発効した世界保健機関(WHO)の「たばこ規制枠組み条約」でも「たばこの煙からの保護」が規定され、各国で受動喫煙防止の法制化が進んだ。
現在、厚労省が「受動喫煙との因果関係が十分」と判定している病気は、肺がん、脳卒中、心筋梗塞(こうそく)など。小児ではぜんそくとの関連、赤ちゃんでは乳幼児突然死症候群のリスクを高めるとしている。乳がんや呼吸機能の低下、妊婦が受動喫煙した時の胎児の発育の遅れなどは「因果関係が示唆されるが根拠は十分ではない」と位置付ける。
注目されているのが「受動喫煙による国内年間死亡者は約1万5000人」という数字だ。個々の死因を調べたわけではなく「根拠がない」と批判する人もいるが、どうやって算出したのだろう。
この試算は昨年5月、厚労省研究班(研究代表者=片野田耕太・国立がん研究センターがん統計・総合解析研究部室長)が明らかにした。簡単に言うと、病気別の推計死者数の積み上げだ。
肺がんの場合、海外の多くの研究で、たばこを吸わない人の中で受動喫煙がある人はない人に比べ肺がんになる危険性が1・3倍高いとの結果が出ている。日本人を対象にした9本の論文の分析でも、家庭内の受動喫煙で危険性が1・28倍に高まっていた。
家庭内で受動喫煙がある女性の割合は31%。これを図解すると、受動喫煙が原因の肺がん死者数は全体の6%になることが分かる。他の病気や職場での影響、男性でも同様に計算し、足し合わせると、1万4957人になる。さらに乳幼児突然死症候群による死亡を73人とした。
ちなみに、飲食店での客の受動喫煙は試算で考慮していない。影響は数値化できていないが、原則禁煙にすれば、そこにいる人のリスクは減ると考えられる。片野田さんは「特に煙にさらされる時間が長い従業員を守る必要がある」と話す。
「途上国で完全禁煙を実施する国もあり、日本は取り残されている」。今月来日したWHOのダグラス・ベッチャー生活習慣病予防部長は、日本に発破をかけた。健康リスクへの関心が高い欧州や、受動喫煙被害を訴えて企業に巨額の損害賠償を求める訴訟が相次いだ米国などと比べ、屋内喫煙に罰則がない日本は法整備が遅れている。
ここにきて厚労省が対策を急ぐのは、20年の東京五輪を控え、国際オリンピック委員会(IOC)が「たばこのない五輪」を求めているからだ。海外では段階的に受動喫煙対策を進めてきた国も多く、18年に冬季五輪を開く韓国は、12年に面積150平方メートル以上の大型飲食店を規制対象にし、14年に100平方メートル以上、15年に全飲食店と段階的に拡大していった。ただ、日本に残された時間は少ない上、WHOのベッチャー部長は「喫煙室を認める部分的な禁煙では、受動喫煙はなくせない」と部分規制に批判的だ。
日本では環境美化などの観点から路上喫煙を禁じる条例が普及していることも、対応を難しくしている。厚労省の調査では、全国243市区町村に条例があり「屋内も禁煙になると、どこでも吸えなくなる」という喫煙者の不満にもつながっている。