毎日新聞
16日で事実上閉会した通常国会に、健康増進法の改正案は提出されず、年約1万5000人が亡くなる要因とされる受動喫煙の対策強化は放置された。塩崎恭久厚生労働相は16日の閣議後記者会見で「自民党側と誠意を持って今後も協議を続ける」と次期国会での法改正に意欲を示したが、自民党との溝は深い。2020年東京五輪・パラリンピックまで時間も限られる中、実効性ある策を示すのは簡単ではない。
受動喫煙防止の法整備の動きはこれまでも何度かあったが、今回は安倍晋三首相が五輪を控えた「対策の徹底」を表明し、厚労省が本腰を入れた。それだけに患者団体などの失望は大きく、日本肺がん患者連絡会の長谷川一男代表は「なぜ他の五輪開催国は規制できたのに、日本はできないのか。苦しんでいる人の声に耳を傾けてほしい」と嘆く。
規制強化を求めていた関係者の怒りの主な矛先は、「飲食店内は原則禁煙」という厚労省案を受け入れなかった自民党に向いている。患者と医療者で作る認定NPO法人「ささえあい医療人権センターCOML」の山口育子理事長は「厚労省案に待ったをかける議員がこれだけいることに失望した」。日本禁煙学会の作田学理事長は「大臣レベルで決まらない以上、党総裁の安倍首相が乗り出すべきだった。首相の責任は重い」と指摘する。
自民党を説得できなかった厚労省への批判もある。民進党のある議員は「そもそも当初の厚労省案が『喫煙室の設置は可』としたから、店舗規模による損得が問題化して収拾がつかなくなった。公平な一律全面禁煙を打ち出さなかったのが失敗の原因」と断じる。
民間シンクタンク「日本医療政策機構」の小野崎耕平理事は「多少時間はかかっても、科学的に成果の出る案でまとめるべきだ」と提案する。現状では厚労省案も自民党案も国際的なスタンダードには遠く及ばず、今後政府・与党が安易な妥協をしてしまわないか心配だという。
一方、規制に反対していた業界からは、世論への配慮もあってか、表立った歓迎の声は聞こえない。全国生活衛生同業組合中央会の伊東明彦事務局長は「厚労省案で成立しなかったのはよかったが、法律ができなかった点は残念。組合が自主的に店頭表示などに取り組んでも、未加盟の店は対応してくれない」と話す。日本たばこ産業(JT)のIR広報部は「意図せぬ受動喫煙の防止に向けた対策には賛成だ。政府・与党には議論を尽くしていただきたい」とコメントした。
健康増進法の改正は厚生労働省が昨秋から準備を進めていた。国会開会前に首相官邸に提出の了解を得ていた法案が、出されもしなかったのは異例だ。
原因は塩崎厚労相と自民党の対立にある。喫煙室の設置は認めつつ「小規模なバー・スナック以外の飲食店内は原則禁煙」とする厚労省案に飲食店業界が反発したことで、党内に反対論が広がった。
分岐点になったのが5月の連休明けの動きだ。自民党は茂木敏充政調会長を中心に規制賛成派と慎重派が集まり、飲食店の業態は区別しない▽一定規模以下の店では喫煙も認める▽「喫煙」や「分煙」の表示を義務付ける--といった対案をまとめた。多数の意見を足して割るという、いわば旧来の手法。ある党幹部は「対策を半歩でも進めることが大事だ」と語った。
だが、これを塩崎氏が拒否したのが誤算だった。茂木氏は5月24日、塩崎氏と都内で会談し、自民党案の丸のみを求めたが、答えは「この案では国民の健康増進につながらない」。塩崎氏は6月1日、大臣室に幹部らを集め「譲れない線はある」と、法案提出の先送りを示唆した。
塩崎氏の対応には省内でも賛否が混在する。「大臣は禁煙派に会見を促すなど機運を盛り上げ、妥協しにくい雰囲気を自ら作ってしまった」と幹部の一人。思いの強さの背景には、自身のたばこ嫌いや、対策に科学的根拠があるとの自負、グローバルスタンダード(国際標準)を好む傾向がある、と周囲は見る。16日の会見で塩崎氏は「自民党との徹底した議論が不足していた」と振り返った。
秋の臨時国会に向け、安倍首相は同日の参院予算委員会で「(塩崎氏に)責任を持ってまとめていただきたい」と求めたが、内閣改造や党役員人事の刷新の可能性もあり、法案がどうまとまるかは流動的だ。