毎日新聞
6月18日閉会の通常国会で、成立を目指していた受動喫煙対策を強化する健康増進法改正案は、提出すらされなかった。飲食店での規制を巡り、厚生労働省と自民党との間で隔たりがあり、調整が付かなかったためだ。秋に想定される臨時国会では今度こそ、東京五輪・パラリンピック開催国として実効性ある対策を盛り込んだ法案を提出し、成立させるべきだ。法案提出の責任者である塩崎恭久厚労相には、前に進めるためのさらなる「決断」と「行動」を求めたい。
厚労省が昨年10月に公表した案では、小中高校や病院を「敷地内禁煙」、官公庁などを「屋内禁煙」と分類し、飲食店は「原則屋内禁煙」で喫煙室の設置を認めるものだった。ヘビースモーカーの親のもとで育った反動でたばこを吸わない私はこの案に賛同した。だが、厚労省担当記者として取材を積み重ねるなか、飲食店業界やたばこ業界の支持を受ける自民党が法案を了承するのは難しいだろうと考えていた。
案の定、自民党から「小規模な飲食店の経営に影響を与える」などと反発を受け、厚労省は3月に、30平方メートル以下のバー、スナックなどに限り喫煙を「例外」として認めるとの案を示し譲歩した。厚労省幹部によると、塩崎氏はこの案を「落としどころ」と考えていた。それでも、自民党には「例外」の対象範囲が狭いとして受け入れられず、調整は難航した。
一方、自民党は5月の連休明け以降、党内の規制慎重派の「たばこ議連」(野田毅会長)と規制賛成派の「受動喫煙防止議連」(山東昭子会長)の幹部を集め、独自案の作成に乗り出した。飲食店規制については、150平方メートル以下の飲食店であれば、店頭に「喫煙」か「分煙」かの表示をすれば喫煙を認めた。東京都内の飲食店のおよそ8割が該当する。自民党案は両派の主張を折衷した内容で、原則屋内禁煙とする厚労省案と比べると規制は随分緩く、塩崎氏がこの時点で受け入れを拒んだのも納得できた。
議論は行き詰まっていたが、会期末が近づくにつれ、歩み寄りもみせ始める。自民党は塩崎氏が子どもの受動喫煙対策の強化を訴えていたことに配慮し、喫煙を認める飲食店では未成年の客や従業員を立ち入り禁止にする規定を盛り込んだ。一方の厚労省も、法施行後3年間は規制の緩い自民党案を受け入れ、4年目以降は「150平方メートル以下」という面積基準を半分にする考えを示した。しかし、例外措置は施行から5年間で撤廃すると主張する塩崎氏と、状況に応じて見直すことを求めた自民党とで、折り合いがつかないまま国会は閉会した。法案を提出できなかったことで、結果的に受動喫煙対策は放置されたままとなった。
塩崎氏がいったんは当初の厚労省案を緩めることを受け入れたのは、受動喫煙対策を前進させるための「決断」であるかのように見えた。一方で、塩崎氏は周辺に「安易に妥協するぐらいなら法案を提出しないほうがいい」と漏らしていた。
当初、政府は東京五輪・パラリンピックに向けてたばこの煙のない「スモークフリー」を目指していた。だが、厚労省の譲歩案では五輪開催時にも例外措置が残ってしまう。厚労省案と自民党案、どちらの案が成立しても世界保健機関の格付けは現在の4段階中の最低ランクから一つ上がるに過ぎない。ただ、規制対象外の店舗が多数を占める例外措置を恒久的に残すことが塩崎氏には「安易な妥協」に映ったのだろう。
通常国会での法案成立に向けた塩崎氏の「行動」はどうだったか。閉会後の記者会見で、塩崎氏は「自民党との徹底した議論ができたら良かった」と振り返った。この発言は、法案提出に必要な手続きである党厚労部会を念頭に置いたものだ。確かに、自身の考えに近い国会議員とは頻繁に連絡を取り合っていたのに比べ、党内の規制慎重派の国会議員とのコミュニケーションが乏しいように映った。実際、自民党政調幹部や立法過程を知る厚労省幹部は「(塩崎氏は)本当に法案を仕上げる気はあったのだろうか」といぶかったほどだ。
規制の緩い案をまとめた自民党から譲歩を引き出すには、自身に批判的な議員との交渉は不可欠だったのではないか。法案とりまとめの最終責任者であり、嫌煙派として熱心に取り組んでいる法案であればなおさら、水面下も含め、もっと粘り強く交渉してほしかった。
受動喫煙対策は、2015年に自民党内の規制慎重派と賛成派が議員立法をまとめようとしたが、調整が付かなかった「難題」だ。あえて言えば、この問題に取り組み、推進の機運を盛り上げて、法案提出の寸前までこぎつけたのは塩崎氏の功績であろう。
かつて職場や電車内で当たり前のように喫煙する人がいたが、今ではそうした光景はほとんどみられない。一見、厳しいルールに見えても時代とともに常識は変わる。まして日本人の喫煙率は2割を切っている。理想と現実を踏まえつつ、次の国会では受動喫煙対策を前進させてほしい。