クローズアップ2018

受動喫煙対策案 屋内禁煙「骨抜き」

毎日新聞 

    








 厚生労働省が30日に公表した新たな受動喫煙対策の案は、例外的に喫煙可能とする店舗の対象が大幅に広がる見通しで、規制は大きく後退した。2020年の東京五輪に向けて条例で国より厳しい規制をすると意気込んでいた東京都も「国と整合性を図る必要がある」とトーンダウン。詳細な制度設計はこれからだが、他の先進国並みの屋内禁煙を求める患者団体や専門家からは、早くも批判の声が上がっている。

厚労省、自民に譲歩

 昨年、自民党との調整に失敗して法案を提出できなかった厚労省が新たな案の公表にこぎ着けたのは、昨年8月の内閣改造で塩崎恭久前厚労相が退任したことが大きい。

 塩崎氏は飲食店規制の適用除外を最小にすることにこだわったが、飲食店業界やたばこ業界の支援を受ける自民党議員らの猛反発を受け、溝は最後まで埋まらなかった。五輪までの日程を考えれば、後任の加藤勝信厚労相は自民党が受け入れる案を早急に作る必要があった。

 加藤氏は就任直後から修正に着手したが、実効性のある規制をしつつ飲食店の事業継続も担保する「線引き」に苦心した。面積ではなく店の売上高などを基準にすることも検討したが、自治体が各店舗の売上高を把握するのは簡単ではないことが分かり断念した。

 次に浮上したのが、自民党内で昨年5月にまとまった「店舗面積150平方メートル(客室面積100平方メートル、調理場50平方メートル)」の復活。だが、このままだと塩崎氏が主張した「30平方メートル以下」から大きく後退した印象を持たれる。そこで、新規開業や大手チェーンの飲食店は喫煙を認めないという新たな要件を付けることにした。同省幹部は「厚労省が自民党案をすんなり受け入れたと見られないよう、考え抜いた結果。こうした歯止めで、将来的に喫煙できる飲食店は徐々に減るはずだ」と解説する。

 自民党にとっても、昨年の案よりは賛同しやすい。30日の党厚労部会の幹部を集めた会合で、橋本岳部会長は「昨年は副厚労相として党に考えを説明したが、同意を得られなかった。今国会で前に進めていくのが大事だ」と意気込んだ。

 だが、昨年の案より、禁煙が義務化される飲食店が少なくなるのは確実だ。国際水準で見ても、世界保健機関(WHO)による受動喫煙対策のレベルは4段階中の最低から3番目への1段階アップにとどまる。受動喫煙対策に詳しい大和浩・産業医科大教授は「150平方メートル以下を適用除外とするなら、ザル法どころか底のないバケツと同じ」と憤る。

 日本肺がん患者連絡会の長谷川一男代表も「当初の案よりかなり後退し、まさに骨抜きだ」と批判。「これでは『屋内原則禁煙』ではなく『原則喫煙可』。一部の店だけ例外的に禁煙、と記載した方がいいのではないか」と皮肉る。

 厚労省は3月上旬に法案提出して通常国会での成立を目指すが、課題はまだ多い。新規開業や大手チェーンの定義について、看板が同じでも経営者が変わった場合など規制対象に入るかどうか明確にされておらず、議論が紛糾する可能性がある。規制の例外を撤廃する時期も、昨年自民党に提案した「5年以内」ではなく、別の法律で定める必要があると規定したため、五輪までにどこまで規制が進むかは不透明だ。【

 

東京都、方針見えず

 国際オリンピック委員会(IOC)は五輪開催都市に「たばこのない五輪」を求めている。20年五輪を控えた東京都はこれまで、調整に手間取る政府・与党を尻目に、独自の罰則付きの条例で受動喫煙対策を進め存在感を示す構えだった。だが一転して「混乱を避けるため、国の考え方と整合性を図っていく必要がある」(小池百合子知事)として、2月開会の都議会での提案見送りを表明。方向性が見えにくくなっている。

 都が対策のベースにしていたのは、自民党の了承が得られなかった昨年3月の厚労省案。面積30平方メートル以下のバーやスナックなどを除いて原則屋内禁煙とする基本的な考え方を同年9月に示し、都民からの意見を募集して条例案提出の準備を進めてきた。

 だが、複数の都内の区市町村や議会は、国と都の「二重基準」による混乱を懸念。都議会内でも「国の方の動きもあるし、状況をもう少し見極めないと」(公明幹部)、「飲食店などに対する議論が不十分で、時期尚早だ」(自民幹部)と、国政与党から慎重論が出ていた。

 都は今後、厚労省案の詳細を確認し、規制対象の面積要件などはより厳しくすることも含め検討するという。6月都議会には提案したい考えだが、周知期間も考慮すると、19年のラグビー・ワールドカップ日本大会前に施行するには残された時間は少ない。

 小池知事は30日、退庁時に報道陣に、厚労省案の施設区分が昨年と比べて変わっていることなどを先送りの理由に挙げ「国の案が実効性のあるものなら、(都の)条例案も同じようなレベルになる」と述べた。対立色を前面には出さない姿勢に、「希望の党」を旗揚げして失速した昨年の衆院選以降の求心力低下を指摘する都関係者もいる。

 飲食店業界には、戸惑いも広がる。大手チェーンなどで作る日本フードサービス協会の石井滋業務部長は、来月をめどに会員企業で意見交換するとした上で「国と都で二重基準になる懸念もあり、どういう展開になるか悩ましい。推移を見守りたい」と話した。