毎日新聞
2020年東京五輪・パラリンピックに向けて受動喫煙対策を強化した健康増進法改正案が国会に提出された。公共の場での禁煙を初めて罰則付きで義務付け、喫煙できる場所への20歳未満の立ち入りも禁じる内容だが、焦点となっていた飲食店への規制は、面積や経営の規模によって喫煙可と不可が分かれることになった。繁華街を回って、経営者や利用客の戸惑いや歓迎、落胆の声を聞いた。
レトロな雰囲気でドラマの撮影にも使われる東京・神保町の居酒屋「酔(よ)の助」。全席喫煙可で、店内にたばこの自動販売機もある。客席面積は100平方メートル超といい、改正法が施行されれば原則禁煙の対象だ。
喫煙専用室を設けることも可能だが、一山(いちやま)文明店長(64)は「資金もスペースもないので全面禁煙になるだろう。広さで差をつけるのは納得できない」と寂しげに笑う。ただ、喫煙する人はここ数年で減り、月10万円あったたばこ自販機の売り上げも最近は2万円程度という。「禁煙になって客が減るかどうかは分からない」と話す。
友人と来店した横浜市の男性(36)は「居酒屋では、たばこを吸ってゆっくり話をしたい。禁煙になっても利用したいけれど、滞在時間が短くなるかも」。同僚と飲んでいた広島市の男性会社員(44)は「同僚は吸わないので気も使う。全面禁煙の方が気楽かもしれない」と語った。
大阪・ミナミで戦後間もなくから営業している「純喫茶アメリカン」も、面積基準で規制対象になる。山野陸子社長は「たばことコーヒーを合わせて『喫茶』ということで長年やってきたが、時代の流れ」と受け入れる。法改正されたら喫煙専用室は設けず、全面禁煙に転換するという。
チェーン店は、店舗が狭くても規制対象。道頓堀周辺に多店舗展開する居酒屋のホール責任者を務める女性は「地方や外国からも含めいろいろな人が来るので、喫煙専用室をつくって対応せざるを得ない。ただでさえ厳しい業界なので、喫煙室の設置費用に助成や低金利融資などをしてほしい」と訴えた。
大阪名物「どて焼き」が人気の大衆酒場は、1階はカウンターのみだが、2階には大きな座敷席もある。20年以上通っているという久保田義郎さん(73)は「たばこを吸いながら飲むのが楽しみなのに、規制されるのかも……」と気をもむ。
適用除外になる小規模店も、捉え方はさまざまだ。
大阪で15席ほどの居酒屋を夫と切り盛りする上戸康子さん(68)は「お客さんの6割はたばこを吸う。規制の対象外になってよかった」と胸をなでおろす。ただ、禁煙の店が増えるにつれ路上で吸う客も目立ってきており「店の前でポイ捨てが増えるのが心配です」。
一方、東京都千代田区で全面禁煙のカフェバーを営む女性(49)は「5年半前の開店当初は珍しがられたけれど、今は客も抵抗なく受け入れている。禁煙だから落ち着けるという人も多く、国が全面規制しても店のデメリットは少ないのでは」と指摘する。小規模店を規制から外すことには「たばこの迷惑は狭い店の方が大きいのに、考えがよく分からない」と首をひねった。
神奈川県では10年に受動喫煙防止条例が施行されたが、規制対象を大規模店に限定したため、飲み屋街などでは喫煙可の店も多い。制定当時に県知事だった松沢成文参院議員(希望)は「条例がむしろ喫煙環境の温存を認める結果となってしまった。今回もその恐れがある」と話す。
適用除外の多さが批判されている改正法案だが、喫煙できる飲食店が徐々に減る仕掛けにはなっている。厚生労働省の推計によると、面積や経営規模による適用除外の店は現状で最大55%に上るが、規制対象になる新規店の占める割合が2年で全体の2割弱、5年で3割強と次第に高まるからだ。
これより早く禁煙が進むとの見方もある。外食産業約450社が加盟する日本フードサービス協会の石井滋業務部長は「20歳未満は従業員も喫煙場所への立ち入りが禁止になる。人手不足の中、大学が周辺にない地域などでは高校生のアルバイトに頼る業者も多く、働き手確保のため全面禁煙にする店が出るだろう」と予測する。
原則禁煙になる店では、入居するビルの構造の問題で排煙管を設置できず、喫煙専用室が作れないケースも出そうだ。
・学校、病院、行政機関などは敷地内禁煙
・飲食店、事務所、ホテルのロビーなどは原則屋内禁煙。喫煙専用室の設置は可
・客席面積100平方メートル以下で個人経営か資本金5000万円以下の既存飲食店では、掲示すれば喫煙可
・加熱式たばこも規制対象。ただし、加熱式の専用室では飲食も認める
・喫煙できる場所には20歳未満立ち入り禁止
・禁止場所での喫煙などは50万円以下の過料