毎日新聞
新型コロナウイルスの感染拡大が世界的に進む中、世界保健機関(WHO)は「感染した際の重症化リスクを高める」として、禁煙を呼びかけている。日本禁煙学会は加えて、企業や施設の管理者などに対して喫煙所の閉鎖を求めている。なぜ新型コロナウイルスの感染拡大や重症化防止のために禁煙が必要なのか。日本禁煙学会認定指導医で、東京都内でオンライン禁煙治療などに当たっているワーカーズクリニック銀座(東京都中央区)の石澤哲郎院長に聞いた。
――喫煙と新型コロナウイルス感染に関し、どういった事例が報告されていますか。
◆複数の文献が報告されています。その一つが、米医学雑誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に掲載された論文です。これは、中国の患者1099人を対象とした大規模調査ですが、集中治療室(ICU)への入室か人工呼吸器による管理、死亡のいずれかの状態に陥るリスクが喫煙者は非喫煙者に比べて3倍も高いというデータが示されました。また、中国の患者78人を対象に重症化の要因を分析した別の論文では、喫煙歴が最大の重症化要因で、非喫煙者に比べて14倍も重症化しやすいと指摘されています。また、欧州疾病予防管理センター(ECDC)は喫煙者や過去に喫煙していた人が感染すると症状が重くなる恐れがあるとする研究結果を発表しています。
●受容体が活性化
――どういったメカニズムで重症化すると考えられるのでしょうか。
◆新型コロナウイルスが人の細胞に感染する際に利用する細胞膜の「受容体」が、喫煙で活性化することが分かっています。そのため、ウイルスの感染経路が広がって感染しやすくなり、重症化する確率も高くなると考えられます。
また喫煙歴が長いと肺機能が徐々に低下します。日本では、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)患者の9割以上は喫煙が原因と言われ、こうした患者は肺炎による死亡率が非常に高いことが知られています。
さらに、新型コロナウイルスでは、治った後も肺機能にダメージが残る人がいるとの報告もあります。これまで軽い症状だったCOPD患者が、感染を契機に在宅酸素療法が必要となるリスクも考えられます。
●喫煙室で濃厚接触
――日本禁煙学会が企業や施設の管理者などに対し、喫煙所や喫煙室の閉鎖を求めました。濃厚接触の場となるおそれがあるとの指摘でしたが、どういうことでしょうか。
◆喫煙者が患者集団(クラスター)を生み出す可能性があるからです。国の専門家会議はクラスター発生を高める環境として▽密閉空間で換気が悪い▽近距離での会話や発声がある▽手の届く距離に多くの人がいる――の3条件を示しています。建物内の喫煙所はまさにこの3条件が整った空間と言えます。感染拡大を抑えるために、クラスターを生み出さないことは極めて重要であり、既に多くの企業が社内の喫煙所閉鎖に乗り出しています。
また、たばこを吸う動作自体にも、感染のリスクが潜んでいます。何度も口元に手を運ぶため、手に付着したウイルスが口や鼻に入るリスクが高まります。たばこを吸うために何度もマスクを付け外ししたり、もらいたばこをしたりすることなども感染リスクを高めるでしょう。
●加熱式はより注意
――加熱式などの新型たばこや受動喫煙についてはどうでしょうか。
◆新型コロナウイルスでは、感染者の呼気から出され、空気中に漂う微粒子(エアロゾル)が感染を広げる可能性が指摘されています。エアロゾルの中では、ウイルスは3時間ほど感染力を維持すると考えられており、エアロゾルを大量に出す加熱式たばこは気をつける必要があります。
受動喫煙も、呼吸器感染症に対する免疫機能に悪影響を与えるため重症化リスクが高まる可能性が指摘されています。1日から受動喫煙防止を目的にした改正健康増進法が施行されましたが、新型コロナウイルス対策の側面からも禁煙を考えてみてください。