19億円はタバコを吸う人のため? 規制強化で新たな問題も

毎日新聞 2023/5/29 16:00 https://mainichi.jp/articles/20230526/k00/00m/100/234000c 

 

 街中に喫煙所を設営する動きが加速している。3年間で、東京都千代田区は14億円超、大阪市では19億円超を投じるという。たばこ離れが進んでいるのに、なぜスモーカーの居場所をつくるのか。【宮城裕也】

 

路上に流れたスモーカー

 千代田区は、全域が路上喫煙禁止区域となっているが、首都高速下の路上やコインパーキングで、紫煙をくゆらす人は少なくない。灰皿代わりに小さなバケツが置かれた区画や、吸い殻が地面に散乱している場所もある。

 「たばこのポイ捨て禁止」との看板が設置されたコインパーキングで、吸い殻を回収していた清掃員の女性は「駐車場の隅など、物陰で吸う人をよく見かけます」とため息をついた。

 たばこに関するルールは3年前、大きく変わった。

 2020年、改正健康増進法が全面施行された。学校や病院、役所の敷地内のほか、100平方メートル以下の小規模店を除く飲食店や企業の事務所も原則禁煙となり、違反者には過料が科されるようになった。諸外国に比べて遅れているたばこ対策を、東京オリンピックを機に強化する狙いがあった。

 法改正に加え、自治体も独自の規制を設けた。

 東京都は店の規模に限らず従業員がいる飲食店を全面禁煙とした。都内の飲食店の84%は、店内で喫煙できなくなった。大阪府でも30平方メートル以上の飲食店は禁煙とするなど法律より厳しい措置を設けた。

たばこの吸い殻が目立つコインパーキング=東京都千代田区で2023年5月17日、宮城裕也撮影 たばこの吸い殻が目立つコインパーキング=東京都千代田区で2023517

 

 このため、居場所を失ったスモーカーの一部が屋外で一服するようになった。だが、そもそも千代田区では21年も前から区内の路上全域を禁煙とし、違反者には2000円の過料を科している。

 取り締まりが追いついていないのか。

 そんな疑問に対し、千代田区安全生活課の担当者はこう解説する。

 「条例が喫煙を禁じているのは、公道など公共の場所です。このため、規制の対象外となる私有地のコインパーキングなどでたばこを吸う人が増えています」

 

千代田区は昼夜の人口差が17

 企業や省庁が集中し、他の自治体からの通勤者が多い千代田区は、昼夜間人口比率が日本で最も高い自治体だ。昼の人口は夜の1754倍で、多くのビジネスパーソンがオフィス街を行き交う。

 区には、ほぼ毎日、愛煙家から「吸う場所がないのに取り締まりだけを強化するなんてひどいじゃないか」との声が寄せられるという。担当者は「区内で勤務する喫煙者は多い。ある程度の喫煙場所を設けなければ、規制が及ばない場所で吸う人が出てくる」と話す。

 このため、現在81カ所の喫煙所を100カ所に増やす予定だ。09年度から始めた取り組みで、24年度までの達成を目指している。法改正後の212223年度予算では計143439万円を計上した。

 

不快に思った場所の7割は「路上」

 厚生労働省の調査によると習慣的に喫煙している人の割合は、10年で67ポイント減少し、167%(19年時点)となっている。また、ほとんどの人はたばこの煙を疎ましく感じている。

 2211月に公表された内閣府の世論調査結果では、周囲のたばこの煙を「不快に思う」「どちらかといえば不快に思う」と答えた人は計833%にのぼった。そのうち不快に思った場所は「路上」との回答が702%で最も多かった。

 たばこを吸う人と吸わない人は、どうすれば共存できるのか。この課題に加え、もう一つ、解決しなければならない問題もあらわになってきた。

 ゴミのポイ捨てだ。

 

コロナ禍で相次ぐ閉鎖

 西武鉄道・所沢駅(埼玉県所沢市)では駅西口の喫煙所の撤去に伴って、ペットボトルや空き缶などのゴミのポイ捨てが増えた。喫煙所周囲の吸い殻とゴミの量について、民間の調査会社が調査。画像解析などを用いて撤去日の2269日前後で比較すると、いずれも撤去後に倍増していたことが分かった。

 大阪市ではここ2年間で、吸い殻のポイ捨てが目立つようになってきたという。市の担当者によると、法改正に加え、新型コロナウイルスの感染拡大を懸念した民間企業の喫煙所の閉鎖が相次いだことが影響しているという。

 路上喫煙とゴミのポイ捨て。二つの問題の解決策として、他の自治体も千代田区と同じ「一定数の喫煙所を設ける」ことに行き着いた。

 

マナー向上狙う実験も

 大阪市は25年開催の大阪万博までに市内全域を路上喫煙禁止区域に指定することに伴い、6カ所ある屋外喫煙所を120カ所に増やす計画を掲げている。

 228月には、北区の堂島公園に1400万円で閉鎖型の喫煙所を新設し、23年度は約94700円の予算を計上した。24年度も約10億円を投じる見込みだ。

 この動きに、日本たばこ産業(JT)が協力している。大阪大大学院の松村真宏教授が監修し、2212月~233月、JR大阪駅北側の再開発地区「うめきた」に実験的な喫煙所を設けた。ステンレスミラーの柱を林立させることで、喫煙者が周囲から見られているような感覚になる仕掛けが施された。マナー意識の向上を狙ったものだ。

 JTは、規制の強化や健康志向の高まりで、相対的に喫煙場所が減ることを「十分、認識している」。そして、「自治体が進める分煙環境づくりに積極的に取り組みたい」とする。大阪市以外でも、東京都墨田区や新宿区との協業で、防災倉庫の機能を備え、災害時に取るべき行動を掲示した防災喫煙所を設けている。

 

 大阪市が公園に設置した閉鎖型喫煙所=大阪市提供

 

それでも歓迎されない喫煙所

 自民、公明両党がまとめた23年度の税制改定大綱は自治体に対し、「駅前や商店街などで野外分煙施設の整備を促す」とした。総務省も都道府県に、地方税であるたばこ税を活用した屋外喫煙所の設置検討を通知して後押ししている。

 それでも、たばこを吸わない人からすれば、喫煙所は歓迎されていないようだ。

 千代田区は、空気清浄機付きのコンテナ型「喫煙トレーラー」(約1000万円)の導入も進めるが、オフィス街ではスペースが限られるうえ、町内会の理解を得られて設置にこぎつけたのはわずか1カ所にとどまる。

 仙台市では青葉区の勾当台公園の再整備に伴い、園内に喫煙所を設置するか否かで、住民の意見が割れている。

 神奈川県鎌倉市は4年前から、民間事業者や市民が喫煙施設を設置した際に補助金を支払う制度があるが交付実績はゼロ。観光客が多く利用するJR・鎌倉駅周辺には喫煙所がなく、路上喫煙が問題となっている。

 分煙社会の実現は一筋縄ではいかないのが現実だ。