どうなる防衛増税 行く末見つめるタバコ農家と気を吐く族議員

2024/12/2 15:30  毎日  https://mainichi.jp/articles/20241202/k00/00m/020/019000c

 将来的な防衛財源を確保するための「防衛増税」が揺れている。

 いつ増税を始めるかが2025年度税制改正議論の主要テーマのひとつだが、増税に反対する国民民主党の存在感の強まりで見通しにくくなっている。

 財源のひとつであるたばこ税の増税が経営を直撃するタバコ農家やメーカーは、税制改正の行く末を固唾(かたず)をのんで見つめている。

防衛費「全員負担が筋」

 「防衛増税でたばこの売れ行きは落ち、農家が作った葉タバコも余るだろう。経営への打撃が怖い」

 茨城県石岡市の葉タバコ農家、菱沼利弘さん(70)は不安を口にした。

 親から引き継いだ葉タバコの栽培歴は50年近くになる。毎年2月に種をまき、肥料の量の調整にも気を配る。日が照りつける夏場の約3カ月は、手摘みで収穫する。その後、乾燥機約20台を使って、葉タバコが黄色くなるまで乾燥させる。栽培には手間ひまがかかる。

 ただ、健康志向の高まりもあり、国内の紙巻きたばこの販売量は30年間で70%以上減った。財務省によると、1995年に全国で約3万戸あった葉タバコ農家は、2022年に2292戸まで減った。菱沼さんの集落もかつて葉タバコ農家が10軒近くあったが、今や菱沼さんの1軒だけだ。

 菱沼さんも葉タバコ以外にサツマ芋とコメを作って生計を立てている。最近は肥料や燃料代の高騰も追い打ちをかける。

 それでも葉タバコ栽培を続けるのは農家経営上の利点もあるからだ。国内の葉タバコは日本たばこ産業(JT)が全量を買い取り、運送費も負担するため、場所を問わず栽培できる特性がある。

 菱沼さんは「価格面で見通しが立つタバコは農家にとって魅力のある農作物」とする。だが「防衛費は本来、国民みんなで負担するのが筋ではないか。たばこは害だと、取りやすい一部の人だけ増税というのはおかしい」と訴える。

利用されるたばこ税

 過去30年間で販売数量が激減したたばこだが、税収は増税を重ね、年間2兆円前後を維持している。嗜好(しこう)品であるたばこは、伝統的に財源確保に用いられる財政物資として位置づけられてきたためだ。

 現在の紙巻きたばこ1箱(定価580円、20本入り)あたりのたばこ税は304円で、税負担は5割超だ。たばこ税の一部であるたばこ特別税も旧国鉄の債務返還のために創設された経緯を持つ。JT関係者は「頭のいい財務官僚たちが調整してきた結果、税収を維持できている」と苦笑する。

 防衛力強化のための防衛財源としてたばこ税が持ち上がったのも、こうした税の特性ゆえだ。

 政府はたばこ税を1本当たり3円相当引き上げて2000億円を確保する方針だ。法人、所得とあわせた3税で2027年度までに1兆円超を調達する。

 目下の焦点は、増税の開始時期だ。

 政府・与党は12月に取りまとめる与党税制改正大綱への明記を目指すが、立ちはだかるのが10月の衆院選で躍進した国民民主だ。玉木雄一郎代表は1126日の記者会見で「私たちは増税する必要がないという立場。外為特会(外国為替資金特別会計)や税収の上振れを分析し、議論したらいい」と反対姿勢を明確にする。

 だが、国民民主は税制改正の重点要望で防衛増税反対を示していない。自民党税調の幹部は「今後、急に反対姿勢を持ち出してくるなら交渉の信義則に関わる問題だ」と反発を強める。

クギ刺す関係者

 防衛増税の先行きが揺らぐ中、たばこ業界は増税の流れにクギを刺そうと動き出した。

 26日に自民党本部で開かれた「たばこ議員連盟」の総会には、農家や販売店の業界関係者や自民党議員が集まった。鈴木俊一前財務相や一部の税調幹部ら重鎮も顔を並べた。

 業界団体側は「たばこ税率の引き上げを行う場合、これまで以上に、小幅かつ段階的な実施としてほしい。たばこをたしなむ者を排除してはならない」などの要望書を配布。ある出席議員は「精神的な落ち込みや自殺を防ぐことを考えると、困って逃げ込む喫煙所を推進していきたい。来年の参院選(の協力)をお願いしたい」とボルテージを上げた。ただ、喫煙が自殺防止に効果があるという根拠には言及しなかった。

 中にはたばこ特別税の創設経緯を念頭に「新幹線の中でたばこが吸えなくなった。自民党としてもJRに喫煙(を可能に)させるか、たばこ代を下げるかを選択してもらいたい」などと迫る議員もいた。

 異様な熱気を帯びた会合に、ある政府関係者は「タバコ農家など業界の集票力は高くないが、自民党が野党になった時も支えてもらった義理があるのだろう」と推し量る。

たばこは「生活費」

 たばこ税の増税は、まずは加熱式たばこと紙巻きたばこの税率差を解消するところから着手する方針だ

 加熱式たばこは、スティック状やカプセル状など多様な商品があることから、重量と小売価格をもとに紙巻きたばこの本数に換算して税を算出するが、紙巻きたばこよりも税負担が低い状態が続いているためだ。

 加熱式たばこの国内市場は「アイコス」シリーズなど米フィリップ・モリスが販売数量で約7割のシェアを占めるなど外資系メーカーが強い。

 ある外資系メーカーの幹部は「たばこは財政物資と認識しており、増税自体は反対しない」と理解は示す。ただ、たばこの販売数量に占める加熱式たばこの割合が約4割まで高まっていることから「生活費の一部であり、今の手取りを増やすという流れに逆行する。企業の開発努力も考慮して、増税の移行期間はきちんと設けてほしい」と注文をつける。