配信 Newsweek https://news.yahoo.co.jp/articles/6df1f8dea068801258063395943eea8b89025faf
3月2日、大阪市の松井一郎市長は市内全域を路上喫煙禁止地区とする方針を明言。2025年4月から開催される大阪・関西万博を見据えたもので、施行時期は明らかにしなかったが「受動喫煙をやめるのが世界の潮流。世界中から認められる都市を目指していきたい」と語った。
確かに、受動喫煙防止は「世界の潮流」。ただ、路上をはじめ屋外での喫煙には比較的寛容な世界に対し、日本は厳しい対策を講じてきたという違いがある。東京都千代田区で2002年、たばこのポイ捨て防止等の環境美化を目的とした初の罰則付き条例(千代田区生活環境条例)が制定され、路上喫煙禁止の流れは全国へと拡大していった。
それに加え、2020年4月には自治体単位ではなく国の法律として、望まない受動喫煙の防止を掲げた改正健康増進法が全面施行。これにより日本における受動喫煙防止の流れは加速し、屋内の喫煙対策が厳格化された。学校や病院だけでなく、飲食店も条件付きで原則禁煙となった。
東京都では東京オリンピック・パラリンピックの開催を控え、改正健康増進法に「従業員がいる店は原則禁煙」という条件を“上乗せ“した、国より厳しい受動喫煙防止条例を施行(2020年4月から)。都内では現在もこの条例が適用されている。
大阪府でも東京都と同様、大阪・関西万博を契機とした“上乗せ“強化策を講じている。これは松井市長による大阪市の「路上禁煙」方針とは別の動きだ。大阪府受動喫煙防止条例は2019年3月に制定され、以降、段階的に施行されてきた。
この4月1日からは-これまた東京都と同様-従業員を雇用する飲食店が原則屋内禁煙(努力義務)となる。全面施行(罰則あり)は2025年4月の予定だ。
条例の影響が最も危惧されているのはやはり、3月21日に新型コロナウイルスの蔓延防止措置が明けたばかりの居酒屋やカラオケ店、スナックやバーといった飲食店だろう。
昨年夏に業界団体が実施した、原則禁煙の対象となる府内飲食店(従業員のいる店、もしくは客席面積30~100平方メートルで喫煙可能な店)の調査では、8割が条例を「厳しい」と評価した。大阪府による昨年10月の「受動喫煙防止対策における飲食店の実態調査」でも、原則屋内禁煙に取り組むうえでの課題を問うた設問で、最も多い回答は「経営面での不安」だった(54.3%)。
しかし、実は2019年に条例が制定された際、「府民や事業者等の権利を制限する」ことから、以下の附帯決議が府議会で承認されていたことも忘れてはならない。
<たくましい飲食店経営者>
<附帯決議>
【1】規制対象となる飲食店に対して十分な財政的・技術的支援を行うこと
【2】規制対象となる飲食店に対する支援策が有効に活用されるよう事業者へ広く周知するとともに、活用状況を見ながら必要に応じて制度の見直し等を検討すること
【3】従業員を雇用する飲食店に対する規制の施行(2022年4月~)にあたっては、施行の1年前を目処に受動喫煙の防止に関する府内の進捗状況を把握すること、府民や事業者等の意見を十分に聞いたうえで必要な措置を検討すること
【4】2025年の大阪・関西万博の開催を見据え、公衆喫煙所や屋外喫煙場所等の整備を積極的に行うこと
飲食店経営者の不安に寄り添うこうした決議は、江戸の時代から商いの街として栄え、義理人情にも厚い大阪らしく、全国でも珍しい取り組みと言えそうだ。
<たくましい飲食店経営者、気になる助成金の継続性>
分煙の推進は喫煙者であれ大いに納得するところだろう。ただし、昭和の時代からコーヒーや酒とたばこはセットで楽しむ習慣、いや文化が根付き、長らく続いてきたのは紛れもない事実。しかも、2年以上にわたるコロナ禍で飲食店が大きなダメージを負い、疲弊していることは想像に難くない。
そんななか、「コロナ以前と同様ではないが、売り上げは好調だ」と気を吐く喫茶店の店主がいる。大阪府茨木市のJR茨木駅前で43年にわたり経営を続ける喫茶店「ぶいえいと」の2代目、在田徹さんだ。
在田さんは2019年の受動喫煙防止条例制定を機に、店内をそれまでの分煙から完全禁煙へと転換した。老舗喫茶店としては大きな決断かと思いきや、在田さんは「私にとって条例は、渡りに船でした」と振り返る。
20年ほど前から食事を取れるカフェへと業態を徐々にシフトしており、「ぶいえいと」は早くから分煙にしていた。だが非喫煙者のお客が増え、近年では禁煙室は満員なのに喫煙室はガラガラという状況もあったという。「ならばと2019年の条例を機に、店内完全禁煙へと舵を切ったのです」
コロナが猛威を振るい始めた2020年春には、いち早くテイクアウトも開始。次いでネット販売も展開したことで、スタッフを解雇することもなく、40年以上にわたる経営を継続できている。
「時代や環境の変化にいかに対応するか。それが生き残れるか否かの分かれ道になると思います」と、在田さんは語る。
喫煙との共存に活路を見出した店もある。茨木市と高槻市でスペインバル「セルべセリアハポロコ」を経営する三富亮平さんも、2019年の時点で受動喫煙防止条例への対策を講じていた。
<気になる助成金の継続性>
「茨木の飲食店組合に加盟しており、以前より条例は議題に上がっていましたから、組合非加盟の経営者さんより詳しい情報は入手していました。意識も高かったと思います」。そう語る三富さんは、30坪ある茨木店には喫煙ルームを設置。より小さな高槻店には、店舗外の入口付近にデッキスペースを設け、そこを喫煙場所として開放することで、喫煙者、非喫煙者を問わず来店できる店とした。
「喫煙ルームとはいえ、電話ボックスのような小さなスペースです。設置当初は面倒がられたりしましたが、今では特に大きなトラブルもない。高槻店でも、皆さん外のデッキスペースで喫煙していただけています」
自身のスペインバルでは喫煙者と非喫煙者の共生を実現している三富さんだが、飲食店組合員の視点から不安視しているのは、夫婦ふたりで切り盛りするような小さな居酒屋だという。どういうことか。
「小さな居酒屋の多くがコロナ禍では持続給付金を頼りに店を閉めていて、今回の蔓延防止措置明けで店を再開しても、常連さんが戻ってきてくれるかをとても不安がっています。しかも、居酒屋で食事も出すため、店内喫煙ができない。条例施行による不安は大きいと思いますね」
例えば三富さんのお店のように喫煙専用室を設ける場合、厚労省の「受動喫煙防止対策助成金制度」を活用することで、設置費用の3分の2(上限100万円)を助成してもらうことも可能だ。しかし、店舗の規模など適用条件に適さない店舗も多く、また、それまで同様の助成金を実地していた東京都が昨年5月で受付を終了するなど、助成金を停止や減額した自治体も少なくない。
なお、改正健康増進法による「店舗面積100平方メートル以上」の条件を超え、大阪府が「30平方メートル以上」の飲食店を原則屋内禁煙とするのは2025年4月から。違反店舗には5万円以下の罰則が課される可能性もある。
分煙環境の整備を徹底し、喫煙者と非喫煙者との共存を推し進めるためにも、助成金など行政の継続的な支援が不可欠だろう。
かつて「受動喫煙はダメだという機運を徐々に醸成し、飲食店の売上に影響しない土壌を大阪で作ろう」とTwitterで表明した吉村洋文大阪府知事、そして、自らが愛煙家である松井市長こそ、その必要性が分かっているはず。附帯決議の行方も注目されるところだ。