受動喫煙対策をめぐり、塩崎恭久厚生労働相は日本経済新聞のインタビューで、一定面積以下の小規模飲食店に「喫煙可」「分煙」といった表示義務を課す自民党案に否定的な考えを示した。原則禁煙の例外となる店が8割以上となる可能性を指摘。「原則と例外が逆転してしまう恐れがある」と述べた。主なやりとりは次の通り。
――受動喫煙対策に関する健康増進法改正案の今国会提出が極めて難しい状況になっています。
「これまでの受動喫煙対策は『努力義務』として施設管理者に自主的な取り組みを推進してきた。しかし、受動喫煙被害で年間1万5千人が亡くなり、医療費も3千億円以上かかるという科学的データがある。厚生労働省は命と健康に責任を負う使命がある。あらゆる望まない受動喫煙をなくすのが大事だ」
「なぜ厚労省案にこだわるか。最大の焦点は飲食店の扱いだ。自民党案では喫煙店であることや、未成年者は入店禁止であることの表示義務を課すという。職場の送別会や接待などで、自らの意思とは関係なく喫煙の店舗に行く人が出る。ぜんそく患者もいるだろうし、妊娠中の女性もいる。年齢に関わりなく、受動喫煙は絶対に困るという人を守らねばならない」
「自民党側が求める広範な例外を東京に当てはめると、85%以上の飲食店が例外扱いになる。おまけに恒久措置で禁煙措置の対象外にするということになると、原則と例外が逆転してしまう恐れがある」
――2020年には東京五輪・パラリンピックが控えています。
「海外から来る人は受動喫煙対策に慣れている。おもてなしを考えれば原則室内禁煙という最低限の線は譲れない」
「10年の世界保健機関(WHO)と国際オリンピック委員会(IOC)による『たばこのない五輪』の合意以降、すべての五輪開催国で建物内禁煙を実施してきた。おまけに罰則付きだ。自民党案では、食堂だろうとラーメン屋だろうとすべて喫煙可になり得る。そんな国はどこにもない。10年以降続いてきた『たばこのない五輪』を初めて日本が破るのをどう考えるのか。重たい事実と向き合う必要がある」
「厚労省案にこだわるというが、激変緩和で『いつの日かそうなる』と見える形で原則室内禁煙をみせ、なおかつ五輪までの手立てをなんらかの形でとるということであればわれわれも柔軟に考えてもいい」
「ただ、これは科学的に立証されている受動喫煙の被害だ。当然、対策も科学的にやらないといけない。感染症防護のために手立てをいろいろうつとき、これは科学だから、感染症から守るために科学で対処するということで政治的に妥協できるところと科学で譲れないところがある」
――秋の臨時国会に法案を出す場合は、今と状況は変わってきますか。
「自民党は郵政民営化問題のように、議論が真っ二つに割れることがあっても、最後はまとまる。党内でいろんな意見が出て、徹底的に粘り強く説明していくことが大事だ。意見の隔たりはあったが、距離はかなり縮まってきた。最後に残った飲食店の扱いについては、結論に至るまでの時間が足りなかった。(法規制に慎重な)たばこ議連の先生とも徹底的に説明して、理解を頂きたい」
「世界の流れを踏まえた日本の対策を粘り強く話すことが大事だ。できる限り説明を尽くして、早期に成案を得て提出したい」
――自民党の意思決定は党内力学にも左右されます。意思決定が旧来的と感じませんか。
「厚労省は命と健康を守るのが使命だ。8割以上の人がたばこを吸っていない。たばこを吸うのは嗜好。幸福追求権は憲法13条で認められている。ただ13条は『公共の福祉に反しない限り』ともある。受動喫煙の被害は明らかに証明されている、公共の福祉に反する受動喫煙は例外なく制限しなければなけない。感染症からみなさんを守ることと同じ発想だ」
――自民党はどこを向いているでしょう。
「いろんな人がいる。一回だけ5月15日に部会に行った。厚労省案でいいじゃないかという人がけっこうたくさんいた。党内でもいろんな意見がある。某国会対策委員長は『妥協が政治だ』という趣旨の話をしていたが、感染症対策で妥協するのだろうか」
(聞き手は小川和広、矢崎日子)
■科学的根拠か、政治の思惑か
塩崎恭久厚生労働相が屋内の原則禁煙にこだわる最大の理由は科学的データの存在だ。受動喫煙で年間約1万5千人が亡くなっている。「科学的に立証されている被害は、対策も科学的になる」との主張だ。
一方、自民党は全面禁煙で客離れを懸念する飲食業界に配慮。一定面積以下の小規模飲食店に「喫煙可」「分煙」といった表示義務を課す妥協策を探る。「足して2」で割る旧来の自民党手法の典型例といえる。
だが、科学的根拠よりも政治的な思惑を先行させるツケは誰が払うのか。受動喫煙問題への対応は、次期衆院選の争点の一つになる。(黒沼晋)