煙は消えても税収は消さない――。国内に出回り始めた加熱式たばこへの増税論が浮上してきた。加熱式は健康への影響が少なく、煙も出ないのが売り。ただ紙巻きたばこより税率が低く、利用が急増するようだと、たばこの税収を減らす可能性がある。財務省は人気に火が付く前に税率を上げたい考えで、今年の年末が攻防のヤマだ。
「これなら部屋で吸ってもカミさんも子どもも何も言わないよ」。日本たばこ産業(JT)が東京・銀座に開いた加熱式たばこ専門店「プルームショップ銀座店」。JTの「プルーム・テック」を味わう阿部正人さん(52)は満足げだ。店内には煙の充満もなく、たばこ特有の臭いもない。
低税率に着目
加熱式は葉タバコに熱を加え、生じる蒸気を吸う。日本ではいよいよ普及期を迎える。米フィリップ・モリス・インターナショナルが2015年秋に「アイコス」を売り始めると、JTが一部地域での販売を開始。10月には英ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)が「グロー」を全国発売する。
欧米は日本が禁じる電子たばこが普及しており、外資は加熱式の主戦場を日本とみる。英調査会社ユーロモニターによると、日本国内の加熱式の小売販売額は16年で2219億円。5年後の21年には4倍超の9941億円に膨らむという。国内の紙巻きたばこの市場規模は16年度で3兆6千億円。減少基調にあり、喫煙者の中で加熱式の比重は高まりそうだ。
財務省が気にかけるのはたばこ税収の動向。紙巻きにかかるたばこ税は1本あたり12.244円。1箱約240円の計算だ。対する加熱式は1箱34~192円。各社は紙巻きと加熱式をほぼ同額で売るが、タバコの葉の量に違いがあり、商品や企業で税率は変わる。
紙巻きから加熱式への切り替えが進めば、税収は減る可能性が高い。たばこの消費量も減る傾向にある。税収は2兆円程度で安定しているが、財務省は加熱式の増税に早めに手を打つ考えだ。省内には「普及した後の増税には反対が強くなる。普及する前に増税してしまった方がよい」との思惑が広がっている。
財務省はたばこや酒を「財政物資」と位置づける。国の専売制の名残で、財政収入を増やす商品という意味。法律の裏付けもあり、国の発案で増税しやすい品目というわけだ。総務省幹部も「“取れるところから取る”の典型だが、税収確保の目的ならいつでも増税できる」と話す。
たばこ税の税率は、1998年から2014年までの間に3回引き上げられた。健康増進という大義名分もあり、消費増税に比べ国民の理解を得やすい。財務省は紙巻きと加熱式の税率をそろえれば、課税の公平性も高まるとみる。
「年末までに答えを出していかないといけない」。7日午後、メーカーや小売店に衝撃が走った。自民党税制調査会の宮沢洋一会長がマスコミ各社の質問に答え、たばこ税の課税方式を見直す考えを示したからだ。宮沢氏も税率の低さと課税の不公平感を問題視する。
関係者に危機感
加熱式のメーカーは早速関係各所に電話を入れ情報収集にあたった。「発言の真意はどこにあるのか。正確な情報がほしい。財務省は決まってからしか説明しない」。焦りの色を濃くする。
ある小売業者は「せっかく業界の自助努力で新市場を開拓したのに、これでは『第三のビール』と同じことになる」と憤る。ビール飲料では酒税法の制度の隙間を狙い、メーカーが税率の低い低価格品の開発を競った。消費者は歓迎したが、税務当局は細かな税率変更で税収を確保した。同じ事態が起きれば、加熱式は人気拡大の足がかりを失いかねない。
折しも厚生労働省と東京都が受動喫煙の対策づくりを進めている。対策が徹底されれば、紙巻きより環境に優しい加熱式には追い風が吹く。だが、税率が上がるなら、たばこを吸う人はなじみの紙巻きに戻る。愛煙家はやきもきしながら結論を待つしかなく、年末までたばこの量が増えるかもしれない。