電子たばこ禁止条例 サンフランシスコ波紋広がる

2019/7/2 8:28  日経 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO46832400S9A700C1FF8000/?n_cid=TPRN0003

 

【シリコンバレー】米サンフランシスコ市で電子たばこの販売・配布を禁じる条例が成立した。1日までにロンドン・ブリード市長が条例案に署名、2020年1月以降は原則、同市内では電子たばこを購入できなくなる。米国では若者の電子たばこ利用が急速に広がり、ニコチン中毒が社会問題化している。企業側は新条例に反発しており、全米の関心を集めている。

「電子たばこを売っちゃいけないなんて、そんなおかしな町は他にないよ」。サンフランシスコ市内のたばこ店で店番をするアラブ系男性の不満は収まらない。レジのすぐ隣に並べた電子たばこ「JUUL(ジュール)」は人気商品の一つだ。「(ニコチンを含むと分かりにくい)香り付きの製品は既に取り扱いをやめた。全面禁止は困る」

新条例は、サンフランシスコ市議会が6月25日に11人の議員の全会一致で可決、市長が28日に署名し、20年1月の施行が決まった。21歳以上の成人が市内の自宅などで電子たばこを吸うのは構わないが、市内での販売活動やネット通販事業者が市内の住所に届けるのは禁止される。

条例は「米食品医薬品局(FDA)の審査で認められたものは除く」とするが、FDAの審査は数年かかるため、実際は全ての電子たばこが規制対象となる。違反者には最大1000ドル(約10万8千円)の罰金も科される。

サンフランシスコが電子たばこに厳しい目を向けるのは、10代を含む若者の利用が急拡大し、ニコチンによる脳の発達への悪影響などが懸念されているためだ。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、18年に何らかのたばこ製品を使った米国の中高生は前年比36%増の490万人。その"けん引役"が電子たばこで、高校生の使用は同78%も増えた。「若年層にまん延しているのは紙巻きたばこではなく電子たばこ。若者を中毒から守るのが狙いだ」と、条例を起案したデニス・ヘレラ法務官の広報担当者は話す。

影響をじかに受けるサンフランシスコのたばこ店は約740店。ただ、電子たばこを禁じる一方で、喫煙時に有害なタールを発生する紙巻きたばこの販売は可能。州によっては違法になる嗜好目的の大麻販売もサンフランシスコでは認められている。

電子たばこを吸う若者が増えた背景には、企業価値380億ドルとも噂されるサンフランシスコのスタートアップ企業の存在がある。「マールボロ」で知られる米たばこ大手アルトリア・グループも出資するJUUL Labs(ジュール・ラブズ)だ。米スタンフォード大学出身で元喫煙者の創業者らが開発した電子たばこ「JUUL」は米国の電子たばこ市場で7割のシェアを握り、18年の売上高は10億ドルを上回る。

JUULはUSBコネクターで充電できるスティック状の本体と、ニコチン塩を溶かした液体入りの「ポッド」からなる。本体に使い捨てのポッドを挿し、口をつけてニコチンを含んだ蒸気を吸う仕組みだ。紙巻きたばこと異なり、ライターが不要で喫煙者特有の匂いもつきにくい。

問題は優れたデザイン性ゆえに、若者の間で格好良さの証しとなってしまったことだ。JUULを吸う行為は「JUULing(ジューリング)」と呼ばれ、紙巻きたばこに関心がない若者も魅了した。クリームやフルーツといったたばこらしくない香りや、本体を繰り返し使えることも継続利用に拍車をかけた。

カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校(UCSF)のジェレミア・モック准教授が18~19年にかけてサンフランシスコと近郊都市の12の公立高校を1日ずつ調べたところ、吸い終わったポッドの殻など171個のJUUL関連ごみが見つかったという。

やり玉にあげられたジュール・ラブズは反発している。ジョシュ・ヴォース副社長は声明で「なぜサンフランシスコ市は毎年48万人の米国人を死に至らしめている紙巻きたばこを店頭に置き続けることには構わないのか?」と批判。電子たばこを禁じることで選択肢がなくなり「紙巻きたばこに回帰してしまう」と指摘する。市内のたばこ店に「ベイパー(蒸気式=電子たばこ)禁止を食い止めよう」と書いたポスターを配って住民投票に持ち込むための署名を呼びかけており、すでに十分な数が集まったとの報道もある。

サンフランシスコ市関係者からは「本来はFDAが審査前の製品を排除すべきだが、そうなっていない」(ヘレラ氏の広報担当者)と連邦レベルの問題対応の遅さを指摘する声も上がる。新たな規制を先導し、全米に問題提起をする狙いだ。ジュール・ラブズが猛反発するのも、同様の動きが他の都市にも広がれば経営への打撃を避けられないためだ。

日本も無関係とは言い切れない。規制対象となるニコチン入り蒸気を吸う方式の電子たばこについて、日本は現段階でも商用輸入を認めていないが「その判断をより強固にするだろう」(UCSFのモック准教授)。モック氏は日本で普及している加熱式の電子たばこにも関心が及ぶ可能性を指摘する。7カ月後の新条例施行に向け、各地で議論が広がりそうだ。