2019/12/15 2:00 日経 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO53334430T11C19A2TCC000/
健康への影響が少ないと思われてきた加熱式たばこについて、危険性が指摘され始めている。厚生労働省は2018年、加熱式たばこには、紙巻きたばこと同程度のニコチンを含む製品があるなどとする調査結果を発表した。加熱式たばこは発売からまだ日が浅い。健康への影響が明らかでない部分も多く、専門家は「加熱式のリスクを議論すべきだ」と警鐘を鳴らす。
17年の国民健康栄養調査によると、加熱式か紙巻きかにかかわらず「たばこを毎日吸う」と答えた人は16.6%で、男性では27.8%にのぼった。加熱式は日本では14年ごろに発売され、急速に普及し始めた。自身や周囲の人の健康への影響が比較的少なそうとの印象から、紙巻きから乗り換えた人も多いとされる。
厚労省は18年3月、国立がん研究センターなどへの委託調査の結果として、喫煙時の室内ニコチン濃度の測定値を示した。紙巻きの1立方メートルあたり1000~2420マイクログラムに対し、加熱式は同26~257マイクログラムと比較的低かった。ただ喫煙者が吸う「主流煙」に含まれるニコチンは、製品によっては紙巻きより加熱式のほうが濃度が高いものがあった。ニコチンは依存症を引き起こす原因にもなる物質だ。
調査結果では、主流煙に含まれるアセトアルデヒドなどの発がん性物質の含有量について、加熱式は紙巻きより少ないとのデータも示された。
調査結果について大阪国際がんセンター(大阪市)の田淵貴大医師は「調査結果はごく一部の物質に関するデータしか取り上げておらず、加熱式たばこの危険性を十分に伝えていない」と指摘する。
田淵医師が携わる研究では、15年からインターネット上で15~69歳の約1万人を追跡調査。17年の結果では、最近加熱式を吸ったと答えた人のうち約7割が紙巻きも併用していたことが分かった。
併用は、紙巻きが吸えない場所では加熱式を吸うなど場所を選ばず喫煙し、依存が続いてしまうという。田淵医師は「紙巻きは、本数を減らしてもがんや心筋梗塞などの病気になるリスクはほぼ変わらない。加熱式と併用すると健康への悪影響は増大する可能性がある」と強調する。
ニコチンと同じく有害物質を含むタールは「計算方法や定義が定まっていない」としながらも、「粒子状物質の総量をタールととらえれば、紙巻きと同程度か上回る量を含む製品もある」と指摘する。
「加熱式は健康への影響が少ない」というイメージによって、子どもがいる室内などこれまで喫煙を控えていた場所で新たに加熱式を吸う人がいることにも触れ、「明らかになっていない部分も含め加熱式のリスクをきちんと議論すべきだ」と警鐘を鳴らす。
厚労省は調査結果を基に、加熱式の主流煙には健康に影響を与える有害物質が含まれていることが明らかだと指摘。ただ加熱式は4~5年前に国内発売されたばかりで、現在の科学的知見で受動喫煙による健康への影響を予測するのは困難だと結論づけた。
19年1月には受動喫煙対策を強化する改正健康増進法が一部施行。屋内は原則全面禁煙で、紙巻きだけでなく加熱式も規制対象となった。ただ紙巻きは飲食できない「喫煙専用室」でしか吸うことが認められないのに対し、加熱式は新たに「指定たばこ専用喫煙室」を設ければ飲食しながら吸うことも認められる。
ただし20年4月の同法全面施行後は、「喫煙専用室」や「指定たばこ専用喫煙室」を設けていることを利用者が入店前に知ることができるよう、飲食店などは店頭などへの表示を義務付けられる。
厚労省の担当者は「改正増進法が定めるのは受動喫煙の最低限度の対策。より徹底した対策を取るかどうかは各自治体に判断を委ね、必要に応じて条例などを制定してもらうことになる」と説明する。
飲食店内の喫煙を厳しく規制しようとしているのが大阪府だ。府は「喫煙できる飲食店」を客席面積30平方メートル以下に限定することなどを定めた受動喫煙防止条例を25年4月に全面施行する。全国平均と比べて小規模の店舗が多く、喫煙可能な飲食店を減らすには改正法の規定(客席面積100平方メートル以下)では不十分だと判断したためだ。
府は今年10月末から、20年4月の改正健康増進法の全面施行に向け、制度変更を周知するため飲食店やホテルなどの担当者を対象とした説明会を開催。11月からは飲食店約2万軒に「禁煙」「喫煙可能室あり」などと書かれたステッカーや制度を説明するチラシを配布した。府の担当者は「全面施行される前に制度の変更点をしっかり把握しておいてほしい」と期待する。
■自治体独自に規制を強化
加熱式たばこによる健康への影響がゼロではないとして、規制に動く自治体も出てきている。
愛知県豊橋市は2020年4月から中小規模の飲食店などで加熱式の専用室であっても飲食を認めない努力義務を課すことを受動喫煙防止条例に盛り込んだ。非喫煙者の望まない受動喫煙を減らすのが狙いだ。
市の担当者は「加熱式たばこにも有害物質は含まれており、健康影響がないとは言い切れない」と話す。同市は16年や17年に肺がん死亡率が愛知県平均を上回り、受動喫煙との関係が疑われたことがあり、それも規制対象拡大に踏み切った理由の一つだった。
兵庫県は7月に受動喫煙防止条例を改正。飲食店などについて紙巻きと同様に加熱式の専用喫煙室も設置を認めておらず、改正健康増進法よりも厳しい規制にした。県の担当者は「加熱式は健康への影響が少ないといわれるが、科学的に明らかにされていない部分が多く、無害とは言えない」と説明する。
20年の東京五輪に向けて、組織委員会は19年2月、大会期間中は全ての会場で加熱式も含めて全面禁止にすると発表した。大会を「たばこのないオリンピック・パラリンピック」とし、観客を含む全ての大会関係者の健康と安全を守るため、周知徹底に努める方針だ。
大阪府が飲食店に配布した専用喫煙室の有無などを示すステッカー(4日、大阪市)