がん社会を診る 東京大学特任教授 中川恵一
2025年2月12日 5:00 日経 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD294F80Z20C25A1000000/
喫煙による経済損失は国内で年間2兆円を超えるとされますが、個人の懐にも大きなダメージを与えます。1箱600円のセブンスターを毎日1箱吸い続けると、年間約22万円もかかります。
たばこを吸う人は吸わない人よりも10年近く寿命が短くなります。日本人の平均寿命は84歳前後で、20歳から74歳までたばこを吸うと仮定すると1200万円近くの出費になります。さらに長生きをすれば、出費は一層かさみます。
喫煙者は寿命が短縮するため、年金の受給総額も減ります。会社員の場合、厚生年金と国民年金を合わせた平均受給額は月15万円程度です。たばこと引き換えに、10年間にもらい損ねる年金は1800万円にも上ります。
お金の問題はさておき、家族への健康被害も甚大です。受動喫煙は肺がんを3割も増やすことが分かっています。たばこを吸わない女性の肺がんで一番多いのは「腺がん」というタイプです。たばこを吸わない妻の肺腺がんのリスクは、夫が喫煙者だと2倍になると分かっています。非喫煙女性の肺腺がんの原因の37%は夫からの受動喫煙とされていますから、大問題です。
国立がん研究センターの調査によると、独身者の約半数が「結婚する場合、相手は絶対たばこを吸わない人がよい」と回答しています。「できれば吸わない人がよい」と答えた人も合わせると、およそ7割が結婚相手にはたばこを吸わない人を希望していることが分かりました。
喫煙者が結婚相手として望まれないのは、たばこの臭いが嫌いといった生理的な理由の他、受動喫煙による健康被害が広く知られるようになったことも大きいと思います。ただ、妻が肺がんになった後もたばこを吸い続ける身勝手な夫は、私の経験でも珍しくありません。喫煙は自分だけの問題ではすまないのです。
若い世代を中心に加熱式たばこへのシフトが進み、日本は加熱式たばこの世界最大市場です。葉タバコを燃やさずに加熱することで、ニコチンを含む蒸気を発生させます。煙が出ないため、臭いが少ないのが特徴です。
一方で加熱式たばこの蒸気にもアセトアルデヒドなどの発がん性物質や依存症の原因となるニコチンなどが含まれています。吐く息からの受動喫煙は加熱式でも存在します。
世界保健機関(WHO)も、加熱式たばこに紙巻きたばこと同じ規制が必要としています。がんが発見できるサイズになるまで20年かかるので、現時点では加熱式の危険性を評価できないためです。
世界的に加熱式への規制が広がるなか、日本の対策がガラパゴス化しないことを望みます。