2020/7/28 日経gooday https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/20/070600022/071000003/
最近、喫煙スペースなどで加熱式タバコや電子タバコを吸う人を見かけるようになった。次世代型の新しいタバコと呼ばれるだけあって見た目がスマートで、煙が少ないことから、本人にも周りの人にも有害性が低いイメージを持つ人が多いだろう。だが、実際には本人の健康を損なうばかりか、受動喫煙の可能性も否めないとの指摘もある。肺の健康を守るために知っておくべき、加熱式タバコ・電子タバコの害について、東京女子医科大学八千代医療センター呼吸器内科教授・桂秀樹さんに聞いた。
新型コロナウイルス感染が世界中に拡大してから半年が過ぎた。日本は医療崩壊の危機をギリギリ回避したかに見えたが、実際には医療崩壊が起きていたとも言われている。第2波、第 3波がいつ来るのか、まだ油断できないのが現状だ。
新型コロナの第2波とインフルエンザの流行時期が重なれば、2020年の秋冬は、春以上に大変な事態が起きても不思議はない。そこで重要なのが、マスク着用、手洗い、消毒などによる感染対策だ。
もっとも、ウイルスが肺に入ったときに感染しやすいかどうか、重症化しやすいかどうかは、その人の肺の状態にもよる。タバコなどによって肺がダメージを受けていれば、感染リスクも重症化リスクも高い。その一例が、タバコ病とも呼ばれる慢性閉塞性肺疾患、通称「COPD」(シーオーピーディー)の患者だ。
COPDとは、気管支の炎症が慢性的に続く「慢性気管支炎」と、酸素と二酸化炭素を交換する肺胞が破壊される「肺気腫」という、2つの病気の総称。咳や痰、息切れから始まり、悪化すると呼吸困難で寝たきりとなって命を落とす可能性もある。
COPDは喫煙者だけでなく、禁煙して20年以上経つような人でもなりやすい(第2回参照)。そればかりか非喫煙者も、タバコから出る「副流煙」に長期にわたってさらされると、COPDになり得るというから聞き捨てならない。
ただし、COPDを招くのは、従来の紙タバコばかりではない。禁煙対策の一環として切り替える人の多い次世代型のタバコ――加熱式タバコや電子タバコにも言えるという。
新型タバコは、通常の紙タバコのように火をつけて燃焼させるのではなく、専用のタバコの葉やリキッドを加熱して、発生した蒸気を吸引する。大きく分けて、以下の2つの種類がある。このうち日本で利用者が多いのは加熱式タバコで、2018年の国民健康・栄養調査によると、習慣的に喫煙している人のうち男性では30.6%、女性では23.6%が利用している。
加熱式タバコ
電子タバコ
「加熱式タバコ、電子タバコなどの新型タバコでも健康被害が生じるという報告があります。しかし、新型タバコにはクリーンなイメージがあり、自分や周囲の人の健康を害するという事実を知らない人が多いのではないでしょうか」(桂さん)
つまり、肺の健康を守るためには、紙タバコだけでなく新型タバコも遠ざける必要があるというわけだ。新型タバコは紙タバコと何が違い、人体にどんな害をもたらすのか具体的に見ていこう。
タバコの煙には、ニコチンをはじめとするさまざまな有害成分が含まれる(このうち、一酸化炭素やガス状成分を除いた、ニコチンを含む粒子状の成分をタールと呼ぶ)。煙の種類には、喫煙者本人が直接吸い込む「主流煙」と、点火した先端から出る「副流煙」、さらに、喫煙者が吐き出す「呼出(こしゅつ)煙」があり、主流煙だけでなく、副流煙や呼出煙にも有害物質が含まれる(下図)。周りの人が副流煙や呼出煙を吸い込む「受動喫煙」によっても肺はダメージを受けるため、タバコを吸わない人もCOPDを発症する可能性がある。COPDは、タバコを吸う・吸わないにかかわらず起こる病気なのだ。
しかし、タバコが体に悪いと分かっていても、なかなか禁煙できず失敗を繰り返す人が多い。その原因は、タバコのニコチンによる依存性だ。
「タバコを吸うと、ニコチンは急速に血液中に溶けて全身に回ります。脳でニコチン受容体と結合し、快楽を生む物質、ドーパミンが放出されて気分がすっきりします。そしてニコチンが不足するとイライラするなどの離脱症状が出て、タバコをやめられなくなってしまうのです」(桂さん)
近年、紙タバコの代替品として注目されるのが、加熱式タバコや電子タバコだ。「煙が少なく灰も出ないから、周りに迷惑をかけない」「ニコチン含有量が少ない、あるいはゼロだから、紙タバコより体にいい」と考えて、新型タバコに切り替える人が増えている。
しかし、新型タバコは販売されて間もないため、人体にどんな影響が出るのか、すべてが明らかになっているわけではない。桂さんは、「新型タバコにも健康被害はあると言われています」と注意を促す。
【加熱式タバコの場合】
まず、加熱式タバコについて見てみよう。加熱式タバコが日本で爆発的に広まったのは2010年以降で、一時は新製品が入手困難になるほどの人気となった。加熱式タバコはタバコの葉に熱を加えるだけで、紙タバコのようにタバコの葉を燃焼させて煙を吸うものではない。分かりやすく言うと、葉を「蒸し焼き」にするようなものだ。出るのは蒸気のようなエアロゾル(*1)であり、煙は発生しないためニオイが少ない。タバコの葉を使っている以上、れっきとしたタバコの一種だが、紙タバコに比べるとタールが削減されているので体に悪い印象を持ちにくい。
「加熱式タバコのニコチン含有量は紙タバコより少ないものもありますが、同程度のものもあります。加えて、紙タバコ同様、吸った後の体内のニコチン濃度がものすごい勢いで高まる製品もあるという研究があります(下図)。ニコチン濃度がすぐには下がらないので、ニコチン依存になることに変わりはありません」(桂さん)
加熱式タバコではニコチンをはじめとする有害物質が大幅に削減されているとされるが、すべての有害物質が減ったわけではない。加熱式タバコの主流煙は、紙タバコとほぼ同レベルのニコチンや揮発性化合物(アクロレイン、ホルムアルデヒド)、約 3 倍のアセナフテン(多芳香環炭化水素物)などの有害物質を含むという報告もある(*2)。
【電子タバコの場合】
もう1つの新型タバコ、「電子タバコ」も、2010年代から日本で広く流通するようになった。グリセリンや香料などを含む溶液(リキッドと呼ばれる)を熱して30~40℃の低温で気化させ、生じる蒸気を吸入する。加熱式タバコと同じで、蒸気のようなエアロゾルが出る。
電子タバコにはニコチンを含む製品もあるが、日本ではニコチンを含まない製品しか認可されていないため、法律上はタバコの一種に該当しない。個人輸入する場合は別として、国内で購入するならニコチン依存の心配がなく無害だと思われやすいが、電子タバコも健康を損なう恐れがあるという。リキッドに熱を加えて成分が分解される過程で、発がん性物質が生じると報告されているのだ(*3)。
「紙タバコを加熱式タバコ・電子タバコに切り替えて徐々に減らしていこうと思う人がいますが、それでニコチン依存や健康被害のリスクがなくなるわけではありません。それに、電子タバコの禁煙成功率は紙タバコより低いという報告もあります(*4)。タバコを吸う動作自体は同じなので習慣が抜けず、かえって禁煙の妨げになるのではないかと指摘する研究者もいます」(桂さん)
では、新型タバコが周りの人に与える影響はどうだろうか。紙タバコと違って、受動喫煙はない、あるいは害があってもわずかだというイメージが強いのだが――。
「加熱式タバコも電子タバコも煙は出ないので、一見すると周りの人には無害だと思うかもしれません。でも、新型タバコのエアロゾルも、周りの人に害を及ぼすとされています」(桂さん)
喫煙者本人が加熱式タバコから吸入するエアロゾルには有害物質が含まれると話したが、エアロゾル吸入後に吐き出した息(呼出〔こしゅつ〕煙という)は、思いのほか周囲に拡散する。加熱式タバコの呼出煙に特殊なレーザー光を当てると、エアロゾルが大量に吐き出される様子が確認できるという。
同様に、電子タバコの呼出煙にも有害性があると言われる。WHO(世界保健機関)によると、電子タバコの呼出煙にはニッケルやクロムのような重金属成分が含まれ、その濃度は紙タバコの呼出煙より高いという。電子タバコも加熱式タバコも、周囲の人が有害物質を含むエアロゾルを吸って受動喫煙を起こす可能性があるのだ。
電子タバコは日本の法律ではタバコとして分類されないため、法的規制の対象外である点も問題だ。2020年4月施行の改正健康増進法によって飲食店や職場などでは原則屋内禁煙となったが、電子タバコは規制されない。そうなると周囲の人には受動喫煙の恐れが生じてしまう。
日本呼吸器学会も、加熱式タバコ・電子タバコのいずれも健康に悪影響を及ぼす可能性があるとの提言を出している。エアロゾルが周囲に拡散するため、気道から吸引して健康被害が生じる可能性があるという。桂さんも、「加熱式タバコや電子タバコが安心、安全ということはありません。とにかく、タバコと名のつくものは体に悪いと考えたほうがいいでしょう」と話す。
ちなみに、喫煙できるスペースが限られている今、外出先でタバコを吸いたいときは喫煙室に行くしかない。しかし、喫煙室は締め切った密な場所で、タバコを吸うためにはマスクを外さなければならない。もし新型コロナウイルスに感染した人がそこで喫煙していたら、喫煙室の中は感染リスクが跳ね上がってしまう。感染症を予防する観点からも、やはり喫煙はお勧めできない生活習慣なのだ。
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新型コロナもインフルエンザも、感染予防には、手洗い、マスク着用、消毒などの基本を徹底するに尽きる。喫煙者や元喫煙者など、肺のダメージを受けている可能性がある人は、感染症のリスクも重症化リスクも比較的高いため、手洗いなどを徹底するとともに、第2回で解説した通り、肺機能検査を早めに受けることが大切だ。そして喫煙者は、ぜひこの機会に禁煙にチャレンジすることをお勧めしたい。
禁煙する際に大切なのは、いったん新型タバコに切り替えて段階的に進めるのではなく、すべてのタイプのタバコを断つことだ。禁煙外来の力も借りながら、主流煙も副流煙も吸い込まない生活で肺を守り、withコロナ時代を乗り越えていこう。
タバコと決別するなら、禁煙外来や治療用アプリに頼ることも可能
ニコチンには依存性があって自力でやめるのが難しいため、禁煙外来を受診する人が増えている。禁煙外来には約3カ月通院し、かかる費用は計1万3000~2万円程度(3割負担の場合)。禁煙補助薬には、ニコチンパッチ(商品名:ニコチネルTTSほか)、経口薬のバレニクリン(商品名:チャンピックス)、ニコチンガム(商品名:ニコレットほか)など3種類があり、禁煙外来では主にニコチンパッチとバレニクリンが使われる。
なお、パッチやガムはニコチンを含むが、バレニクリンには含まれない。バレニクリンを服用すると、成分が脳内でニコチン受容体にくっつき、ニコチンと受容体が結合しないよう作用する。快楽物質であるドーパミンも少し分泌するので、「イライラして我慢できない」という離脱症状が軽くて済む。うまくいけば喫煙してもおいしく感じなくなるという。
さらに2020年、国内初のニコチン依存症治療用アプリが厚生労働省から薬事承認される見通しだ。対象となるのはニコチン依存症と診断されて禁煙外来に通う人で、喫煙状況などを入力すると適切なアドバイスが自動的に生成され、禁煙行動を促すというもの。早く禁煙するほど健康被害は最小限で抑えられるから、なかなか禁煙できない人は禁煙外来へ行ってみよう。