禁煙派に漂う余裕…愛煙家の“楽園” 国会の喫煙事情を取材してみた

2021/3/31 6:00  西日本新聞 https://www.nishinippon.co.jp/item/n/715393/

東京ウオッチ

 今、国会に逆風が吹き荒れている。といっても新型コロナウイルス対応や閣僚、官僚の接待問題、相次ぐ法案ミスで菅義偉政権に向けられる批判、の話ではない。喫煙への向かい風だ。たばこの受動喫煙対策の強化へ向け、2020年4月に改正健康増進法が全面施行されたにもかかわらず、国会の規制は緩やかなものにとどまり、喫煙スペースが多い。愛煙家にとっては「楽園」なのだが、コロナ禍の思わぬ余波に加え国会議員によるルール破りも問題視され、様相が一変しつつある。加熱式たばこアイコス」の愛用者である筆者が、現状を報告する。


衆院本会議場の入り口そばにある「喫煙専用室」。コロナ対策のため、定員が半減し、本会議の開会前ともなれば、喫煙者の列ができる


 

「ぼっちたばこ」の場と化した「社交場」

 3月の昼下がり。国権の最高機関である国会内でこんなやりとりが交わされていた。

 「ほんと、狭い。いやぁ~肩身も狭くなった」

 「ほんと、たばこを吸う自由がなくなったなぁ…」

 ひそひそ声の主は与野党の国会議員たち。場所は、衆議院本会議場の入り口そばに2カ所あるブース型の「喫煙専用室」だ。議員だけでなく、秘書や政党職員、記者ら愛煙家の安息の場所だったが、2月に入って異変が起きていた。

 もともと、この喫煙ブースは1カ所で4人が同時に一服できたが、内部の天井から耐火素材の間仕切りがつり下げられたことにより、2人しか同時に入れなくなったのだ。

コロナ対策の間仕切りが設置された「喫煙専用室」の内部

 間仕切りには「感染拡大防止のため、こちらの区画は1名でご利用ください」との張り紙が。コロナ対策の基本中の「き」である「3密」を避ける措置であり、飲食店での飛沫ひまつの拡散を防ぐアクリル板の喫煙所バージョンと言える。

 私は国会内の記者クラブを取材拠点にしていた一時期、このブースに大変お世話になった一人である。ちょっと一息入れたいとき、長文の原稿を推敲すいこうするとき、ぷかぷか、ぷかり…。議員や秘書たちと情報交換し、取材のヒントをもらう貴重な「社交場」でもあった。

 それが、今では肩身の狭そうな愛煙家が一人ぽつねんとたばこを口に運びながら、無言でスマートフォンをいじっている。その背中は哀愁すら帯びる。

「あれがきっかけだよ。あれ…」。ある議員は肩をすぼめた。

 

「浮世離れっぷりの象徴」切り込まれた喫煙ボックス

 1月28日の参院予算委員会。政府のコロナ対応を巡り、菅首相を問い詰めていたはずの野党議員が突如、矛先を喫煙ブースに向けたのだ。

 「衆議院本会議場入り口の喫煙ボックス。本会議前後となれば、マスクを外して喫煙しながら話し込んでいる議員や記者たちが数多くいる。感染拡大防止対策はどのようにしているのか」「『密』の喫煙ボックス、国会の浮世離れっぷりを象徴している」

 この質疑から5日後。衆院事務局は粛々と、くだんの間仕切りを設置した。以来、議員や記者が集中する衆院本会議開会前には「喫煙待ち」の列ができるようになった。1本吸い終えると「どうぞ、どうぞ」と素早く待ち人と交代する。“同志”による譲り合いが新たな暗黙のルールになった。

 コロナ禍前には喫煙ブースでよく雑談していた懇意の議員から最近、こう水を向けられた。「緊急事態宣言が明けたから、間仕切り撤去を主張してみようか」。私は思わず「いや、いや」と押し戻していた。そんなことをしたらむしろ、主張が要らぬ騒動を生み、われわれ同志がさらに厳しいところに追い込まれる「やぶ蛇」になりかねないと思ったからだ。

会館自室で一服は言語道断「議員特権の一つと批判される」

 「国会議員 会館自室で喫煙 健康増進法に違反」-。

 昨年8月、改正健康増進法の運用で禁じられている議員会館の事務所内での喫煙が、相次いで報じられた。会館の各階に設置された喫煙室に行かず、数十メートル歩く手間を惜しんでルールを破った議員が複数いるというものだった。立憲民主党の枝野幸男代表が、自身の事務所内で喫煙していたことを認め「認識が甘かったと反省している」と陳謝に追い込まれた。枝野氏以外の議員の間でも横行しているとされ、受動喫煙防止を求める超党派の議員連盟が衆参両院の議長に対し、実態調査を申し入れる事態に発展した。

 国会の喫煙事情を巡る告発報道は、これで終わらなかった。

衆院内にある「喫煙専用室」

 改正健康増進法に基づく基準への適合と称して、「外部からの気流を確保するため」(衆院事務局)に扉を常時開け放ち、入り口にビニール製シートを垂らした「不可思議な喫煙室」(自民秘書)の存在が全国紙の紙面をでかでかと飾った。

 喫煙室で私と鉢合わせたたばこ歴40年のベテラン秘書は「ルール違反は言語道断。どんな話題であれ、たばこに関するテーマが騒動になれば、喫煙者の立場が悪くなる。巻き添えはやめてほしいよな」。ふーっと紫煙をくゆらせると、苦々しげに続けたものだった。「たばこを吸う人に優しいこの環境も、『議員特権の一つじゃないか』って声がどんどん強くなってしまうよ…」

 

“骨抜き”にされた規制、専用室は衆院46カ所、参院29カ所

 衆参の事務局によると、国会内の喫煙専用室は衆院46カ所、参院29カ所。国会議事堂に加え、ご紹介したように衆参の議員会館にはほぼすべての階に喫煙室がある。喫煙所が屋外にわずかしかない「霞が関」の各省庁の建物と比べれば、雲泥の差だ。その訳は、18年に成立した改正健康増進法にあった。

 17年3月に厚生労働省が公表した政府原案の段階では、国会は行政機関の庁舎や大学などと同じく「屋内禁煙(喫煙専用室設置も不可)」の対象だった。ところが、自民党の法案の事前審査などを経て18年、正式に国会提出されてみると、国会の規制は緩やかな「原則屋内禁煙(喫煙専用室でのみ喫煙可)」に変わっていたのだ。

 この修正の間、厚労省と、厳しい規制に慎重な自民内のグループの間で激しいバトルが展開された。ただ、攻防の主役はあくまで居酒屋やバーなど飲食店におけるたばこ規制の在り方であり、国会に関わる“骨抜き”ルールは世間の耳目を引くことなく、ひっそりと決着した。当時の経緯を衆参両院の事務局に尋ねてみたが、「(法案)提出時点でそうなっていたから分からない」と予想通り、にべもない回答だった。

 愛煙家の私としてはその背景を探り、今、吸い続けるための理論武装をしておく必要がある。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。永田町の禁煙派を束ねる重鎮の元を訪ねてみることにした。超党派の「国際基準のタバコ対策を推進する議員連盟」会長を務める、自民党の尾辻秀久元参院副議長=参院鹿児島選挙区。ここからは、80年の人生で一度もたばこを吸ったことがないという尾辻氏との問答である。

禁煙派に漂う余裕「世の流れは禁煙」

 まず、政府原案の国会部分が骨抜きになった理由を質問した。回答は「ひと言で言うと、国会の喫煙族の力が強いちゅうこと。それだけのことだよ」。

 尾辻氏によれば、健康増進法改正を巡る自民の党内手続きでは、国会に関わる話題はゼロに近かった。当時、「たばこ理解派」の自民議連メンバーが300人近い陣容を誇った一方、禁煙派は野党を含めた超党派でも60人規模であり、まさに多勢に無勢。「力関係の違いから、なんとなく雰囲気で国会は(厳しい規制対象から)抜け落ちた」のだという。

 そもそも、議員といえば喫煙者が多いイメージがある。尾辻氏は「政治の世界に生きるってのはストレスがたまる。たばこは大きなストレス発散方法なんだろうね」。そう愛煙家の議員のメンツも立ててあげた後、涼しい顔で言い切ってみせた。

 「今は(喫煙派と)議論しても、正直言って禁煙派の方が余裕があるんだよ。『たばこは健康に悪い』というエビデンス(証拠)があるし、最後は俺たちが勝つんだから。世の流れは禁煙。気が付いたら(国会も)禁煙。どうせ、時間が解決する」

 先生、おっしゃる通りです。

 国会では20年4月の改正健康増進法の全面施行以降、屋外にあった複数の喫煙スペースが姿を消した。法的には何ら問題なかったが、「煙が建物内に入る」との苦情などが決定打となった。喫煙者の側から見ると、国会におけるたばこの吸いやすさは年々、着実に後退していっている。

 今回、私は永田町で何人もの同志の声を集めた。多くが本音で望んだのは、分煙を徹底した上での「共存」だった。

 インタビューの最後、私はまるで哀願するかのように尾辻氏に問うていた。「喫煙者と非喫煙者。どうにか、共存できないものでしょうか」。だが、淡い期待は打ち砕かれた。救済の言葉の代わりに、重鎮は容赦なくぴしゃり。「無理だろうね。もう世の禁煙の流れは、誰にも止められないよ」

 

「楽園」がディストピアになるのは時間の問題

 取材の中で、耳にこびりついた忠告がある。

 旧知の愛煙家議員に「喫煙者の立場で、国会の喫煙事情を取材している」と話し掛けたときだ。相手は「そりゃあ、いいね」と相好を崩したが、すぐさま「でも、(記事で)炎上することだけは気を付けないといかんよ」と真顔に戻った。

コロナ対策の間仕切りが設置された「喫煙専用室」の内部

 そうだ。私も含む大多数の喫煙者たちは既に、尾辻氏が語るような後戻りできない「世の流れ」に気付いている。楽園がディストピアに取って代わられるのが、まさに時間の問題であることも。でも、ほそぼそとでもいいから、たばこを吸う“自由”を何とか守りたい。だから、われわれは世間様に無用な刺激を与えぬよう、肩を寄せ合っておびえているのだ。

 「炎上か…」。この原稿の穏やかな着地点を見いだそうと、私は長考し思索を巡らせた。そういえばチェック役のデスクは確か、1年4カ月前にヘビースモーカーから禁煙に転向していたっけ。炎上回避にも神経を使うが、その前にまず私の訴えを理解してもらうことが、なかなか厄介かもしれない…。何度も何度も喫煙室に足を運んだ。そしてぷかり、たばこをくわえた。