国民の健康を守るには、その全リスクを封じる対策が不可欠だ。例外的に喫煙を認める施設の規模で対立する厚生労働省と自民党は、その視点が抜け落ちていないか。
受動喫煙対策を強化するため、政府が今国会での成立を目指す健康増進法改正案は、厚労省と自民党の溝が埋まらず、提出さえできていない。秋の臨時国会に提出が先送りされる公算が大きい。
受動喫煙に関する研究・調査結果を見れば、その防止策確立は喫緊の課題である。
国立がん研究センターが2016年に公表した統計解析によると、受動喫煙で肺がんになるリスクは受動喫煙しない場合の約1・3倍に上る。肺がんに対する受動喫煙のリスク評価は「ほぼ確実」から「確実」に格上げされた。
厚労省研究班は16年、受動喫煙による死亡者が年間約1万5千人に上るとの推計をまとめた。死因は心筋梗塞や脳卒中なども含まれる。受動喫煙のリスクは、肺がんだけにとどまらないのである。
昨年、15年ぶりに改定された「たばこ白書」は、喫煙室は煙の漏れが防げないことや、清掃・接客で従業員が受動喫煙する問題を挙げ「喫煙室を設置するのではなく、屋内の100%禁煙化を目指すべきだ」と提言している。
厚労省案、自民党案とも、喫煙可能施設に行かなければ受動喫煙は防げるとの考えが見える。そこで働く従業員らの受動喫煙被害も念頭に置くべきである。「国民の健康を守る」との強い決意があるのか疑わざるを得ない。
世界保健機関(WHO)によると、14年末時点で飲食店など公共の場を全面禁煙とする法律を施行した国は49カ国ある。日本は健康増進法で、全ての公共の場で受動喫煙防止対策は努力義務とし、罰則付き法的規制はない。WHOの評価は最低レベルである。
08年以降の五輪開催国は、罰則を伴う受動喫煙の規制を導入している。WHOはことし4月、東京五輪を機に飲食店を含む公共の建物内の完全禁煙を実施するよう日本政府に要請した。それを重く受け止め応えることは、五輪開催国として当然の責務である。
受動喫煙で国民の健康が危機にさらされ、世界からの規制要請もある。政府・与党は五輪開催の条件ではない「共謀罪」法案ではなく、「受動喫煙」法案の早期成立こそ最優先に取り組むべきである。
たばこを吸う権利は尊重されてしかるべきだ。一方で、煙を吸わない権利はそれ以上に尊重されねばならない。
喫煙者も自らが吐き出すたばこの煙で、他人の健康を害することなど望まないはずだ。受動喫煙防止の必要性を喫煙者も深く認識したい。
たばこ規制は、利害が絡む問題だけに関係者の理解を得ることは困難を伴う。だが、合意形成を図ることは政府と政治の責任だ。その努力なしに実効性ある受動喫煙防止策は確立できない。