「禁煙違反者30万円過料案」は当然の政策だ

すでに50カ国近くで禁煙を法制化している

2017年03月02日  東洋経済online http://toyokeizai.net/articles/-/161082

 

 厚生労働省は3月1日、健康増進法改正案の原案を公開した。同案を巡っては、今年1月に厚生労働省が”飲食店内は原則として禁煙”という受動喫煙防止対策を盛り込んだ案を自民党の厚生労働部会に示した時にも大きな話題となったが、今回は延べ床面積「30平方メートル以下」のバーやスナックなど小規模な酒類提供の店舗を除く飲食店の禁煙と悪質な違反者に対する”30万円以下の過料”が明確に示されたことで、再び議論が盛り上がり始めている。

1月に同改正案について議論が盛り上がった際には「喫煙の自由と嫌煙家の争い」という側面があった。日本社会は他の先進国と比べると喫煙に対して(比較的……だが)寛容であり、努力義務だった喫煙に関する規制に罰則を設ける動きに慎重論も少なくない。


すでに50カ国近くで禁煙を法制化

しかし、グローバルに目を向ければ、すでに50カ国近くで公共の場および飲食店での禁煙を法制化している。さらにG20という枠組みでみると、バーやナイトクラブといった日本では”禁煙では営業が成り立たない”と想像されがちな場所も含め、ほとんどの国で禁煙、あるいは一部禁煙が法制化されている。中国・韓国・日本を除けばすべて法制化されている実態があり、「欧米では禁煙が当たり前」という言い方は決して大げさではない。

日本では長らく”分煙化”による受動喫煙対策が主流だったことも、禁煙の法制化が進んでいなかった理由と指摘されることもある。とはいえ、「日本は先進国の中では最も対策が遅れている」とWHOが指摘するのも無理からぬ状況であることは、欧米の都市部に足を運んだことがある人ならば肌で感じているのではないだろうか(もちろんラスベガスのような例外もある)。

同改正案によると飲食店への喫煙室新設は認められているが、その場合であっても、新基準の下で煙が漏れ出ないかなど審査したうえで、都道府県知事らが指定する手順を踏まなければならない。現実的には多くの場合、屋外への設置ということになるだろう。

 

 こうした流れの中で多く聞かれたのが「禁煙は中小飲食店の売り上げ減少を招いてしまうのではないか」という声である。1月12日に「受動喫煙防止強化に対する緊急集会」が全国飲食業生活衛生同業組合連合会、日本フードサービス協会などによって開催され、中小飲食店経営者たちの悲痛な訴えが幅広く伝えられたからだ。

しかし、社会の仕組みとして禁煙を組み込んでいくことがさまざまな面で”プラス”に作用することは明らかになってきている。社会全体でプラスになるのであれば、健康被害をもたらすことが明らかで、また生活に必需ではない嗜好品であるタバコの楽しみ方に制約が設けられるのは自然な流れだろう。

そもそも今回の禁煙化に向けた法整備の流れは、2020年東京オリンピック開催を見据えたものだ。IOCとWHOは共同でオリンピック開催地での禁煙運動を進めており、北京・ロンドン・リオと続くオリンピック開催地の選定において、公共の場における禁煙化がひとつの基準になっていた。


飲食店の営業に与える影響は小さい

実際、これらの都市では受動喫煙を禁止する法整備が行われ、リオではレストランなど屋内における禁煙が法制化された。国内における議論以前に、東京オリンピックを誘致した時から禁煙ルールの法制化は既定路線と言える。

しかも、業界団体が懸念している飲食店における減収懸念についても、あまり根拠があるとはいえない。多くの調査結果が「売り上げに影響なし」となっている。

日本の成人喫煙率が20%を切っていることや、高所得層になるほど喫煙率が下がる傾向などを考えれば経済的な影響はないと考えるのが妥当だろう。喫煙者が喫煙可能な飲食店を探すのと同じように、喫煙できる飲食店を明確に避けて店選びをする層も一定以上存在するからだ。

 

 改正案では飲食店における喫煙室、喫煙場所の提供は禁止されていない。もし喫煙者を優遇したい飲食店経営者がいるならば、屋外あるいは基準に合致した快適な屋内喫煙室を設け、受動喫煙問題をクリアしたうえで営業を行えばよい。あるいは、経済合理性があるならば、規制対象外となる延床面積30平方メートル以下の小規模なバーなどが飲食店街の中に増加するなど、別の業態が現れる可能性もあるだろう。

もっとも、今回の改正案で屋内禁煙が一斉に始まる一方、飲食店における喫煙室・喫煙場の整備が遅れる可能性も高い。その結果、店舗の外に出て路上喫煙をする者が急増する可能性もある。条例により路上喫煙の禁止がされている地域でトラブルとなる可能性があるほか、飲食店前に喫煙者が集中してしまうなど別の問題が起きるかもしれない。


臭いものに蓋をしても問題は解決しない

米国カリフォルニア州では建物の入り口から20フィート以内での喫煙が禁じられているが、同様のルール整備とともに、屋内から追い出されてしまう喫煙者の受け皿についても考慮すべきだろう。臭いものに蓋をしても問題は解決しない。言うまでもないことだが、喫煙者を屋内から追い出したところで、その存在を消すことができるわけではない。

「受動喫煙による健康被害防止」という観点で作られている健康増進法改正案だが、2020年の東京オリンピックを見据え、社会全体で「喫煙」をどう位置づけるかを考えていく必要もある。”ゼロ”にすることはできない喫煙者を屋内から追い出すだけでなく、それによって街がどう変化するかという点にも配慮しなければならない。

飲食店内の喫煙を禁止したことで、繁華街の歩道にタバコのニオイと煙があふれてくれば、街全体の景観や雰囲気作りという面ではマイナスに作用する。屋内禁煙に関しては顧客だけでなく、店内で働く従業員の健康被害防止という観点からも進める必要があるだろうが、さらに一歩進んで喫煙者があふれた先までを考えて、2020年に向けた街作りを考えていく必要があるだろう。