浦和 美和

タクヤは、小学一年生。お母さんと一緒に電車にのって、お父さんが待っている「友野駅」に向かっています。
「とものー。ともの。お忘れ物のございませんよう、お気をつけください。」
車掌さんのアナウンスが入りました。

「お母さん、とものだよ。お母さん

タクヤは、コックリ、コックリ、居眠りしているお母さんに言いました。
「あら、もうついたの。タッくん、電車の中で大きな声だしちゃいやよ。」
「もう。かってだなぁ。」 

お母さんはタクヤの文句なんかしらんぷりです。タクヤは、電車のドアが開くと、ピョンとホームに出てお父さんを探しました。
「あ、いた。」

お父さんは、プラットホームの奥にいました。白い煙のドーナツを、プカリ、プカリ。
「お父さん。」
そういいながら、タクヤは、お父さんめがけて走りだしました。

「お父さーん、どうしてこんな所で待ってたの。もっと電車の近くにいてくれればよかったのに。」
タクヤが言うと、

 

 

「お父さんは、タバコを吸うだろう。タバコはこの場所でしか吸えないんだよ。喫煙コーナーでしかね。」
「タックン、お母さんが迷子になったら、どうするのよ。」 やっとお母さんもやって来ました。
「お父さん、お仕事お疲れ様でした。さあ、レストランに行きましょう。」 
「いらっしゃいませ。ようこそ、レストラン・タベルナヘ。おタバコはすわれますか。」   「はい。」 
「では、こちらへどうぞ。」
お姉さんのあとをついて行きました。ズンズン奥の方へ行きます。だんだんタバコのにおいがしてきました。
「お父さん、レストランにも喫煙コーナーがあるんだね。ぼくたち、きっと特別なんだよ。」

タクヤは、自分達だけ特別な部屋に行けるのがうれしかったのです。
席につくと、お父さんは カチッ と、タバコに火をつけました。
「ぼくも大人になったら、お父さんみたいにカッコよくタバコを吸うんだ。そして、いつも特別になるの。」
タクヤは心の中でそう思いました。
「お腹すいたヨー。ぼくのお子様ランチまだかなぁ。」
「タクヤ、お父さんがドーナツ作ってやろう。フワフワしたドーナツ。」
「うん。」 

プカーリ  パクッ。大変!
グルグル グルグル 
「うわぁー 目がまわるよー。」

 

 

タクヤは体が小さくなっていく気がしました。頭の中は白い煙でいっぱいです。
「どうなっちゃうの。」
「アレー 大きなトンネルに吸いこまれる。お父さーん、お母さーん、タスケテー。」
タクヤが吸い込まれた大きな穴は、お父さんの鼻の穴だったのです。
お父さんは、タクヤが鼻の中に入ったことに気づきません。お母さんも。

「タスケテー」

タクヤは、どんどんどんどん、お父さんの体の中に入っていきます。

ドスン!

ようやくタクヤはしりもちをついてとまりました。
「どこなの。ここは。」 
まっ黒いネバネバが手や服についていました。
「なんだろう、このネバネバの黒いヤツ。きたないなぁ。」
とその時、もやもやーっと白い煙が入ってきました。「アレレッ。」

よーく見ると煙の中に小さい男の子がいます。真っ黒な小さい男の子です。

 

 

「君は、だあれ?」 
「ぼく、ヤニ坊っていうの。」
「ふーん。変な名前。ぼく、タクヤ。」
「知ってるよ。」   「どうして?」
「だってタクヤの体の中にも、ぼくの友達がいるもん。」
「ヤニ坊の友達? ぼくの中に?」
「そうだよ。タクヤが食べたドーナツの方には、いっぱいぼく達ヤニ坊がいるんだよ。あのドーナツは副流煙っていって、お父さんが吸う主流煙の何十倍もの毒が入ってるんだ。タバコには、ニコチン、一酸化炭素、アンモニア、タール。このタールって、このぼくのことなんだけど、いろんな毒があるの。」
「えっ、ヤニ坊も毒なの。」
「そう。今、タクヤがいるのはお父さんの肺の中なんだ。タバコが原因の病気もいっぱいあるんだよ。」

「タバコを吸うとガンになるんだ。肺ガンになるのは、ぼく達ヤニ坊が、発ガン物質だからだよ。一人一人は小さいんだけど、みんなが手をつなぐとパワーアップしてお父さんより強くなるんだ。

肺だけじゃないよ。血の中にもタバコの毒が入るんだ。血の中の毒は心臓や脳にも行くんだ。そうすると、考える力や、運動する力がだんだんなくなってしまうんだよ。」
「どうしてお父さんはタバコを吸うの。」
「それは、ニコチンがお父さんの脳を支配してるからさ。ニコチンは麻薬と一緒でやめようと思ってもやめられなくなるんだ。」
ヤニ坊の話を聞いていたタクヤは、ガタガタふるえました。
かわいいヤニ坊が大きな悪魔に見えたのです。

 

 

「いやだ いやだ いやだよー。」
タクヤは、大きな声と、大きな涙の粒を流して泣きだしました。
「もう特別なんかじゃなくていいよ。白いドーナツも食べたくないよ。いらない、いらない。お父さんも、タバコ吸わないでよー。おねがいしまーす。タバコ吸うのはちっともカッコ良くないよ。
うわぁーん。 うわぁーん。 
タバコなんて大きらい。ヤニ坊なんて大きらい。いなくなっちゃえー。」
「タクヤ。タッくん。お子様ランチが来るわよ。」
いつの間にかヤニ坊はいなくなっていました。タクヤもいつもの大きさにもどっていました。

「ぼく、タバコの毒で考える力がなくなっていたんだ。」
タクヤ逹は、お子様ランチが来る前に禁煙席に移りました。「お父さん、タバコやめ ようよ。」
「そうよね。お料理がおいしくなくなるものね。」
お母さんもタクヤに賛成です。
(たまには、いいこというじゃん)
タクヤは心の中で言いました。 

「お待たせしました。お子様ランチです。」
お姉さんが、お子様ランチを持って来てくれました。


            おしまい