訴訟支援の会の活動


多坂市・職場の分煙訴訟支援の二年間

                                        たばこれす 在 野 尋 志 

1.支援の会発足

 1991年4月24日に吉田肇弁護士より、職場のタバコでアトピー性皮膚炎に苦しんでいる仁志健一さん
の提訴を準備しているので相談したい旨の電話をいただきました。数人で 仁志さん、弁護団の方々と
お会いし、お話を聞きました。アトピー性皮膚炎とタバコの医学的な因果聞係の文献はほとんどなく、
立証は難しいものの、本人の体験では受動喫煙以外に原因は考えられませんでした。それまでの半
年にわたる調停も相手方が聞く耳を持たず不調に終わり、他に救済される手段がない以上、提訴や
むなし、和解解決に持ち込めれば上々、しかし同じやるなら勝てる方策を、とのことで、私たちとしても
全面的に支援することにしました。
 6月21日に最初の支援の会(多坂市・職場の分煙訴訟支援の会)を持ち、以下のような方針を決め、
動き始めました。
(1) 医学文献の収集、医学関係者に協力依頼
   いくつか関係文献を検索し、翻訳もしましたが、決定的なものはなく、今回の事例を症例研究として
  生かすしかありませんでした。
(2) 労働省へ改善要望
  これについては提訴の資科を送り、その後改善要望(職場の「分煙」対策の推進・指導のお願い、
  1991年12月)を「タバコと健康全国協議会」等と連名で労働省に提出しました。1992年5月の労働安
  全衛生法の改正により盛り込まれた快適職場指針は、この提訴や要望を多少はくみ取っていただ
  けた結果かも知れません。
(3) 全国的な支援の発信
(4) 訴状提出の朝(8月27日)、多坂市電車部前のビラまき、その後多坂市役所前でもビラまき、その後
  も不定期に多坂市電車部前で重点的にビラまきを行う。このビラまきは、職場内の世論形成をはかっ
  たものですが、外部の団体のビラまきは珍しかったようで、反応は上々でした。
(5) 多坂市電車部、市役所、組合等に要請書を提出
  提訴の朝の8月27日のビラまき後、多坂交通労働組合に協力要請に出向きましたが、受け取りは拒
  否されました。電車部等も拒否的でした。
(6) 電車部あての要望署名を集める、その後要望葉書作戦
  この署名提出は、当初多坂市は受け取りを拒み、結局は仁志さんが異動し和解の動きの出てきた後
  に電車部に提出しました(1993年6月4日、1984名分)。当初拒んだため、その後電車部長あての要望
  葉書作戦を行い、多くの方に改善要請葉書を送っていただきました。
(7) 裁判傍聴を行う
    第一回口頭弁論の1991年12月5日以後、毎回数人は傍聴に行きました。
(8) 支援のイベントを行う
   世論形成のために、1992年の第五回世界禁煙デー(テーマ:煙のない職場を、より一層の安全と健康
  のために)に合わせ、今回の事例をモデルに「職場の分煙訴訟」模擬陪審裁判を行いました。

2.労働安全衛生法の改正の発見

  さてこのようにして1年が経ちました。この間、仁志さんの発疹事件(2月の職場の空気清浄器の掃除を上
司より言われ、その塵を浴びて、その後、発疹が顔、全身に広がり、ヘルペス感染、即入院、労災申請)や、
仁志さんのタバコ煙の暴露実験(6月)などがありましたが、裁判は膠着状態でした。世論喚起のために一年
目のイベントとして、「職場のタバコ電話相談」を労働衛生週間前の1992年9月26日にすることになり、その
準備資料を作る中で、1992年7月施行で労働安全衛生法が以下のように改正され、快適職場指針が出され
ていることがわかりました(大発見でした)。電話相談には約100件の電話相談が寄せられましたが、もち
ろん相談者にはこの法律と指針の活用を勧めました。

労働安全衛生法
(1) 第7章2 快適な職場環境の形成のための措置(以下の第72条の2〜4、これらは1992年7月1日より新た
に加えられ施行された)
・第71条の2(事業者の講ずる措置)〜事業者は、事業場における安全衛生の水準の向上を図るために、次
の措置を継続的かつ計画的に講ずることにより、快適な職場環境を形成するように努めなければならない。
 1. 作業環境を快適な状態に維持管理するための措置  2、3省略
 4. 前3号に掲げるもののほか、快適な職場環境を形成するため必要な措置
・第71条の3(指針の公表等)〜労働大臣は、前条の事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措
置に関して、その適切かつ有効な実施を図るため必要な指針を公表するものとする。 2 労働大臣は、前条
の指針に従い、事業者又はその団体に対し、必要な指導等を行うことができる。
・第71条の4(国の援助)〜国は、事業者が講ずる快適な職場環境を形成するための措置の適切かつ有効な
実施に資するため、金融上の措置、技術上の助言、資料の提供その他の必要な援助に努めるものとする。
(都道府県労働基準協会等に快適職場推進センターの開設、快適職場推進計画の認定、日本開発銀行に
よる低利融資、中小企業共同安全衛生改善事業による助成など)
(2) 上記の71条の3を受けて同年7月1日、「事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措置に関す
る指針」(労働省告示第59号)の中で、空気環境におけるタバコの煙や臭いについて、労働者が不快と感
ずることのないよう維持管理することとし、必要に応じ作業場内における喫煙場所を指定する等の喫煙対策
を講ずること。″との内容が盛り込まれた。(指針第2の1の(1)、通達第2の1の(1))
(3) ・第97条(労働者の申告)〜労働者は、事業場にこの法律に違反する事実があるときは、労働基準局長
・監督所長・監督官に申告して是正のため適当な処置をとるように求めることができる。 2 事業者はこの申
告を理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
・第3条(事業者等の責務)〜事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守る
だけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保す
るようにしなければならない。
・第23条(事業者の講ずべき措置等)〜事業者は、労働者を就業させる建築物その他の作業場について・・・
労働者の健康の保持のため必要な措置を講じなければならない。
・第58条(第7章・健康の保持増進のための措置、健康教育等)〜事業者は、労働者に対する健康教育及び
健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるように努め
なければならない。

3.労働基準監督署の指導、仁志さんの異動、そして勝訴的和解

 さて、この法律と指針を活用しない手はありません。弁護団が知恵を絞って多坂西労働基準監督署への改
善指導の要請書を作成し、1993年3月16日に提出しました。監督署長は「多坂市の担当者を呼んで法のパン
フレットを渡して知らせる。その報告を後日する。」とのことでこの件はマスコミでも取り上げられました。事態
が変わるかどうか、しばらく様子を見ることにしました(4月14日に監督署の指導があったことは後日知ったこ
とでした)。
 急転直下、4月28日に電車部より仁志さんに、禁煙職場への異動通知があり、5月11日出先機関に異動し
ました。5月14日に第八回口頭弁論がありましたが、裁判長の交代もあって、その後新裁判長が双方より経
過を聞く第一回の弁論兼和解が6月10日にあり、和解の覚書が電車部から出され、それを受け入れるかど
うかの緊急の相談会が6月22日に持たれました。
 異動後仁志さんのアトピー性皮膚炎は快癒している、実質勝訴の和解内容であるし、救済が保障されるの
であれば良いのではないか。判決には不安がある、特に因果関係の立証が難しいし、実質的に救済されて
いるので反って敗訴の可能性もあり、変な判決で変なお墨付きになるとまずい。電車部がこの間の経緯や
社会状況の中で譲歩してきて、労働基準監督署の勧告を4月中旬に受け、4月末に急遽、異動、改善を決
めたようだ。実質勝訴的和解(法廷外示談)であれば、職場のタバコの新たな改善方法を開拓したことにな
るのではないか・・・、ということで和解文を修正の上、和解する線で出席者11人全員が了解しました。
 その後、和解文について電車部とのやり取りが何回かあり、電車部外に配転の時、禁煙配慮がなされる
のかなど多少の不安があるが、市として和解条項に関知しないとは言えないのではないか、ということにな
り、訴訟の限界を考え、手を打つ良い潮時かも知れない、決裂すると反って市は分煙を進めないのではな
いか、蹴ると 仁志さんの立場が不安定になり兼ねない、今後分煙がネックになってたとえ異動が難しくても、
健康のためには仕方がないし、社会が変わっていくのを待つことにし、7月30日に第四回の弁論兼和解で多
坂市電車部と法廷外示談(和解)で折り合うことで、一応の一件落着となりました。和解締結後、1時よりプレ
ス発表し、各テレビ、新聞でも報道されました。

4.その後

 当初、弁護団も私たちも長期戦を覚悟していました。世の中が変わる中でしかこの訴訟は勝てないのでは
ないかと踏んでいました。そして一方で世の中を変える努力を裁判とは別に積み重ねていくことにしていまし
た。結果的に、労働安全衛生法の改正があり、労働基準監督署の指導があって、幸いにも以外に早く約2年
で一件落着を見ました。法律の威力をまざまざと見た思いで、証人尋問や資料も用意ばんたん整えていたの
に、あっけない幕切れでもありました。弁護団も「こんなクリアでラッキーな実質勝訴は滅多にないこと」と喜ん
でいましたし、私たちも同じ思いでした。その後、JR東日本の職員で、職場のタバコで喘息に苦しんでいた方
の訴訟も、同じ法律と指針をもとに勝訴的和解を得、今年2月には、この指針をさらに踏み出し、喫煙室以外
は原則禁煙するよう求める「職場の喫煙対策のガイドライン」が労働省から出されました。職場のタバコに苦
しむ多くの人が救われようとしていることは嬉しい限りです。
 仁志さんもアトピー性皮膚炎に苦しむこともなくなり、良き伴侶を得て平穏な日々を過ごしているものの、和
解の覚書に盛られた「昇任等差別をしない」との内容が守られず、同期生の中で唯一係長級への昇任が見
送られています(1996年4月現在)。職場の分煙を促す一つの社会的きっかけを作ったことは、昇任にこそ値
することなのに、またまた弁護団と支援の会の再起ち上げが必要なのでしょうか。その折にはご協力とご支
援をよろしくお願い申し上げます。

支援の会 活動日誌

1990年 3月 多坂簡易裁判所に「禁煙環境での執務」を求める調停申請
10月 調停不調となる。やむなく本訴に取り組む
(1991年)
4月24日 吉田弁護士より たばこれす に協力依頼、その後数回打ち合わせ
6月16日 仁志さんの職場の分煙訴訟支援の会準備会発足
6月21日 第一回「多坂市・職場の分煙訴訟支援の会」開催(以下、支援の会と記載する)
7月31日 第二回支援の会(支援内容・内規・役員を選出)
8月11日 禁煙教育夏季研修会(於、東京)で支援要請ビラを配布
22日 第三回支援の会(訴状提出と記者会見等について)
27日 原告弁護団、多坂地裁に訴状提出
支援の会、多坂市電車部・多坂市役所前でビラ配布、多交労組と多坂市労連に協力要請(多交は受取り拒否
9月26日 第四回支援の会(口頭弁論期日へむけての取組みなど)
10月 4日 多坂市議会決算特別委員会、大島豊太郎議員(公明)が提訴の件で質問「職場の中においてもタバコによる環境汚染を防止する努力は行われるべきであると私は思うのですが、…」、答弁(米川厚生課長)は、「…個人のコンセンサスが得にくいということで、…換気扇等の努力はしてございます。」
11月 5日 第五回支援の会(多坂市長選候補者への公開質問の件など)
15日 支援要請ビラ第三号発行
12月 1日 多坂市長選拳投票日。支援要請ビラ第四号発行
5日 多坂地裁第一回口頭弁論
被告多坂市長 、「争う」との内容の答弁書提出
12日 第六回支援の会(英文文献の翻訳についてなど)
20日 労働大臣あて要望書提出(職場の「分煙」対策の推進・指導のお願い)
25日 支援ビラの発行(タバコの煙に悩まされない、安心して働ける職場は…勤労者の基本的人権である
(1992年)
1月22日 第七回支援の会(支援イベントの企画についてなど)
2月 7日 多坂地裁第二回口頭弁論
24日 仁志さん、2月20日に上司からさせられた職場の空気清浄器の掃除のためアトピーの発疹悪化のため緊急入院
3月 4日 第八回支援の会(仁志さんの発疹事件他)
4月 2日 第九回支援の会(世界禁煙デー参加イベント=模擬陪審裁判の企画と任務分担など)
10日 多坂地裁第三回口頭弁論
原告弁護団、アトピー入院事件の陳述とWHOの翻訳資料提出
21日 第一〇回支援の会(参加イベント模擬陪審裁判について他)
5月 7日 支援ビラ発行(世界禁煙デー参加イベントの案内など)
16日 模擬陪審裁判「職場の分煙訴訟事件」開催、於、多坂YMCA会館10F・午後2時〜5時
6月 1日〜2日 仁志さんのタバコ煙暴露実験(於・東興ホテル)
5日 多坂地裁第四回口頭弁論
18日 第十一回支援の会(さわやか禁煙、電話相談について他)
7月23日 第十二回支援の会(京都の調停、東京の提訴、岩国の地裁判決の敗訴と控訴の報告、その他)
8月22日 多坂地裁第五回口頭弁論
第十三回支援の会(職場のタバコ電話相談実施について他)
労働安全衛生法の快適職場指針(1992年7月1日施行)が新設されていることを発見
9月22日 タバコ電話相談のための研修・模擬練習(10名参加)
26日 職場のタバコ電話相談(五回線・午前十時開始〜午後六時まで)於、プロボノセンター、相談件数100件
10月16日 多坂地裁第六回口頭弁論
支援ビラ発行(労安法で事業所の喫煙対策を義務化・別記参照)
12月18日 多坂地裁第七回口頭弁論
19日 支援の会、弁護団合同会議
(1993年)
3月16日 多坂西労働基準監督署へ改善指導を申告(別記、申立書・参照)、記者発表
4月 1日 多坂市電車部長、交替
5日 たばこれす、多坂市電車部長へ「要請はがき」出す
9日 第一四回支援の会(第八回口頭弁論について他)
14日 多坂西労基署、多坂市電車部を指導
28日 仁志さん、人事異動により禁煙職場に移動通知
5月11日 仁志さん、異動(事務所内禁煙と判明)
14日 多坂地裁第八回口頭弁論
・裁判長が交替、原告側、新たに3名の証人申請を行う
25日 労働記者クラブで弁護団、仁志さん異動の記者発表
6月 4日 支援の会、多坂市電車部長に分煙救済要請署名を提出。同じく多交執行委員長に「仁志健一さんの職場環境の禁煙保障のお願い」提出
10日 多坂地裁第九回口頭弁論(兼和解)
・電車部側より「和解」の表明、次回「覚書」提出する
22日 第一五回支援の会(和解と覚書についてなど)
23日 多坂地裁第二回口頭弁論兼和解開始
30日 弁護団と支援の会合同会議開催(提案和解文の検討など)
7月 6日〜9日 電車部、市役所でビラまき
12日 多坂地裁第三回口頭弁論兼和解
16日 第十六回支援の会(最終判断について)
30日 多坂市電車部と法廷外示談(和解)成立、裁判長左右陪審同席、・訴訟取り下げ記者発表(別記、覚書・弁護団声明、参照)
8月10日 第十七回支援の会(勝訴的和解、礼状、支援の会決算など)
9月30日 支援の会主催「和解解決慰労・祝賀会」 於:多坂弥生会館  その後記録の本を発刊