たばこで揺れた論文-BMJ論文、資金関係を追記する修正で対応

毎日新聞  2024/11/4 東京朝刊  https://mainichi.jp/articles/20241104/ddm/002/070/081000c 

  月議 

 たばこ業界からの資金で研究した論文は受け付けない――。

 世界4大医学誌の一つ「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)」が、この方針を決めたのは10年ほど前だ。これに倣い、日本でも公衆衛生やがん、疫学などの学会が、論文の学会誌掲載で同様の規定を設けた。

 学術研究には、利害関係者から資金提供を受けた場合はその旨を明示する、という原則がある。逆に言えば、資金提供があっても研究そのものは本来否定されない。論文掲載を拒否するというのは、かなり強硬な姿勢と言える。

 

 これには背景がある。1990年代に米国の州政府がたばこ会社に起こした医療費請求訴訟で、会社の内部文書が公開された。そこで健康影響などの研究に企業がお金を出し、自社の利益のために結論をゆがめるような不正があったことが明らかになったからだ。

 研究の世界で、干渉を排除する動きも強まった。世界医師会は「たばこ業界からの研究資金を受け取るべきではない」と呼び掛け、米ハーバード大などが禁止した。

 ところが今年、BMJ系列の医学誌論文で、たばこ会社との関係が問題視される事態が起きた。

 著者は日本の研究者ら。職場の受動喫煙に関する内容で、2022年に掲載された。

 研究には公的資金が使われ、職場を全面禁煙とする必要性を示す結果だった。ただ、著者の一人の大学教授に、米フィリップモリスの日本法人から医薬品関連会社を経由して研究資金が渡っていた。論文にその説明はなかった。

 これを指摘したのは、別の医学誌に載った英バース大の研究チームの告発論文だ。企業が加熱式たばこの販売戦略で日本の学術界や研究者に接近するさまを、入手した内部文書を基に分析している。

 

 共著者には寝耳に水だった。教授らに事実を確認し、著者全員の総意として論文撤回を申し出た。内容に問題がなくても、編集方針に沿わないと考えたという。

 BMJは撤回までは必要ないと判断し、たばこ会社との資金関係を追記する修正で対応した。一方で今年5月、これまでより厳しい「著者にたばこ業界と金銭的なつながりがあれば、論文は受け付けない」との方針を打ち出した

 日本でも最近、癌(がん)学会が内規を改めて、喫煙関連団体から助成金を受けている会員の学会誌や総会での研究発表を認めないとした。

 それでも「寛容だ」と言われる日本の医学界。国のたばこ対策の遅れに加担しているとみなされないためには、自律性をさらに高めなければ。(専門記者)

 

      参考 

2024.08.03 喫煙大国」日本の恥部 タバコ企業と医療者「禁断の癒着」選択2024年8月号

2024.09.02 日本メディアが触れない「フィリップ・モリス」と「東大・京大教授」の癒着告発新潮社フォーサイト